東大・朝日シンポ「21世紀、日本文明の可能性」
2008年11月22日(土) 東京・本郷の東大安田講堂
【討論・質疑応答】
金融危機と、日、米、アジア
船橋洋一氏【船橋】 ありがとうございます。
それでは、先ほどちょっと申し上げた大きく3つぐらいに分けて、1つは危機、今の危機をどう見るか、どうとらえるか。金融だけではなくて、世界のガバナンスの危機というのも含めてですね。それから、公共財、この点。そして、最後に北東アジア、東アジア、こういう舞台の中での日本とアメリカとの関係、日本とアジアとの関係、これを相対的にどのようにとらえるかというところから始めたいと思います。
最初に、私のほうから伺いたいと思います。イアン・ニッシュ先生は日英同盟の歴史、これをだれよりも深く研究された研究者でいらっしゃいますし、アーネスト・サトウ、ジョージ・サンソン、このような日本と非常に深いかかわりのあるイギリスの歴史家の流れの中の碩学でいらっしゃいます。
ですから、最初にニッシュ先生に伺いたいと思います。両大戦間の危機の20年、必ずしもこれと比較しなくてもよいのですが、今のこの危機の様相、性質といいますか、強度みたいなものも含めて方向性とか、これを歴史的パースペクティブの中でとらえた場合に、どういうふうに考えたらよろしいでしょうか。
【ニッシュ】 もし私が何かアドバイスができるならば、今よりももっと人気があると、もっとあちこち引っ張りだこになっているだろうと思います。
私の感触としては、今この危機でどのような立場に立っているのか、まだわかっていない。今、午後1時なのか午後9時なのか、それとも、夜中近い午後11時なのか、ほんとうに長く続く危機なのか。
1929年の危機を振り返ってみますと、あの危機は10年続きました。今回もさまざまな推測が、例えばヨーロッパでは出されております。今回どのぐらい長く続くのか、一部の人は2年と言ったりしておりますが、きちっと情報に裏づけられたデータはないと思うんです。毎日、新聞を見ておりますと、違う記事が出ている。どんどん暗くなってくるような記事ばかりです。
1つ言えることは、我々は前回よりももっと準備を怠らないようにしなければならない、よく準備をしておかなければならないということです。教訓を学ぶ必要があるということです。前回の不況、1929年の大恐慌の教訓とか、あるいは、ポール・サミュエルソンが最近の本の中で記述しているような不況から教訓を学ばなければならないと思います。
いろいろな証拠を見てみますと、我々は以前よりも準備できているのかどうか、ほんとうのところ確信は持てないと思います。といいますのも、あまりにも異なるプレーヤー、異なる主体たちが存在しているからです。金融当局もあれば、経済学者もいれば、、銀行家もいます。それぞれがそれぞれの利害を持っているということです。必ずしもその利害が一致しないという問題があります。
ある程度、1929年の金融危機はゆっくりと、いわゆる公共工事などのプログラム、公共事業などのプログラムで解決していった。ヒトラーのナチ帝国についていろいろ批判されておりますが、公共事業を行ったことによってある程度まで問題が克服されたとも言えると思うんです。ルーズベルト大統領もご承知のように大型公共事業を次々に打ち出しました。私の目からみますと、おそらく大半の政治家はヨーロッパ、今でもこれが必要だ、公共事業だと言っているかと思います。
私の冒頭発言にもあったと思いますが、我々が今落ち込んでいる時期というのは、政府の介入が経済の世界にも広がっていくだろうということです。そして、政府はより大きな役割を担っていくだろうということです。
しかし、私にとってまだはっきりとしないのは、全世界的に見てどこまで協力、協調行動が見られるのかということです。例えば、ヨーロッパ、私が暮らしているヨーロッパについてですが、最初から各国政府は独立して動いていた。例えばアイスランド政府もそうでしたし、アイルランド政府も、フランスもそうでした。皆がバラバラに動いていたのです。そして、ただちにだれかがこう叫びました。ゴードン・ブラウンだと思いたいんですが、ブラウン首相だと思いたいんですが、我々はやはり協力して協調して動かなければならない。ヨーロッパで、そして、全世界で、何らかの共通政策が打ち出せるような場をつくろうということです。
当初は、ということを強調したいと思うんです。といいますのも、政治家、いわゆるワシントンのG20の会議が終わった後、本国に帰って、果たしてどこまで協調が実現できるのかわかりませんので、当初は、ということを強調しておきたいと思うんですが、今の時点では今回の危機がどこまで進んできたのかわからない。ですから、我々としては答えを申し上げるのにも、とりあえずの答えしか言えないと思うんです。
ヨーロッパの銀行家たちはやはり信認の問題だと言っております。信認というのは希望と言いかえることもできるかと思うんですが、我々はこう希望を持ちたいと考えております。経済学者や各国政府がリーダーシップを何とか発揮してもらって、1929年の大恐慌よりもより短期に今回の危機を終わらせてもらいたいということです。
【船橋】 同じ質問をジョン・アイケンベリーさんにもしたいんですが、オバマ政権の誕生、1月ですね、これはアメリカの歴史でジョージ・ワシントンの建国と、南北戦争のときのリンカーンと、それから、大不況のときのフランクリン・ルーズベルト、それに次ぐ4回目だとか、ものすごく歴史的な、大変なときの新しい政権であると。こういう歴史意識、認識というのがアメリカの中でよく聞かれますね。
同時に、金融危機、これに関しては今までのレーガノミックス、80年代からの小さい政府がいいんだと、規制解除がいいんだと、減税がいいんだと、こういうフリードマン的なケインズに対抗する考え方、これでやってきたのが破綻したと、もう一度ケインズだと、こういうことを言っています。
まず、プロポーションの問題として今回の危機、アイケンベリーさんはこれをどのようにごらんになっているかということと、それではケインズ主義に戻るとして、それは70年代まで、特に70年代、カーター政権のときまでにやったケインズ政策、ここに戻るのかと。それとも何か違うものなのか。新しいものがあるとすると何が新しいのか。考え方として、理念として、政策理念として、政府の役割といったときに、あのときの政府の役割とこれからの政府の役割と同じなのか、違うのか、どう定義するのか。この辺をちょっと伺えればと思います。
ジョン・アイケンベリー氏【アイケンベリー】 大きな質問ですね。さっきの講師と同様に、今自分たちがどのような瞬間にいるかわかりません。わかっていることは、何らかの特別な歴史的な瞬間である、それだけはわかっております。そんな感覚はします。
理由はいろいろとあるんです。例えば、8年間のアメリカの政権が終わるということ。その哲学は世界の舞台において、あまりうまくいかなかったかのように見えるわけです。新しい大統領は新しい、それは次期大統領だから新しいだけではなくて、彼が彼であるということで新しい大統領なんです。自分が選ばれたその選ばれ方にして新しいわけです。そして、金融危機によってリスクが高まっております。いろんなことを再試行、再考慮しなくてはならない時期に到達したと思います。
私はその質問にこう答えたいと思います。金融危機、経済危機はおそらく3種類の影響をもたらすと思われます。これが歴史的な瞬間になって1973年に近くなるのか、つまり石油危機の73年のような状況になるのか。新しい経済協力という哲学がそれによって生まれたあのようになるのか。それとも1939年的になるのか、つまりほんとに根本的な政府と市場のオペレーションの仕方が変わるか、それはまだ我々にはわかりません。
でも、少なくとも言えることは、まず1点目、経済的な志向が変わるということです。過去20年間を振り返ってみますと、レーガン政権以来を振り返ってみますと、市場こそ王様であって政府が障害であった、そして、成長を促進する方法は規制緩和であって市場を開放してグローバル化を普及させることであった。それがレーガン政権の訴求したメッセージです。
冷戦の後にさらにそれがグローバルな舞台で拍車がかかりました。市場開放において新しい国々が資本主義の陣営に入ってきた、そして、クリントン政権とこの政権のロバート・ルービン財務長官も強く規制緩和を信じていました。資本分野における規制緩和、そして、世界中のマーケットに投資することを強く信望していた人です。いわゆるワシントン・コンセンサスがそれによって生まれました。そんな時代はもう終わりました。
新しい経済志向ということになると、世界はまた同じページに戻るのかもしれません。つまり、国々の考え方が過去よりも収斂していくのではないかということです。レッセフェールの自由主義的なアメリカ、対、国家主義の欧州というような図式が変わるかもしれません。全世界的に、明らかに政府介入が正当化されるということは間違いありません。
2つ目に、グローバル経済制度を再び考えなおさなくてはなりません。これはもう随分前から必要だったんです。でも、危機が起こらないと政府を動かせないのかもしれません。難しい決断をさせることができないのかもしれません。IMFとその役割について考え直さなくてはなりません。IMFが苦境にある政府に対してどのような形で資源を提供するかを考え直さなくてはならないのかもしれません。また、金融機関を再生させるための新しい規制や条件を考えなくてはならないのかもしれません。
今日、欧州におきましてはいわゆる「ブレトン・ウッズ2」というものに関心が高まっております。ブレトン・ウッズ1は第二次世界大戦後につくられた多国間合意に基づく制度の最初のものです。IMF、世銀、そして、貿易制度がつくられたわけです。
今、世界の主要国の指導者たちががブレトン・ウッズ2について話し合っています。来年の春には会議が開かれることになっています。その際に、フランスもイギリスもリーダーシップを発揮したがっています。中国も深く関与するようになりました。日米も、いわゆるG20、途上国を含めたG20の20カ国が関心を持っております。ですから、制度的な変化が起きます。
最終的にこの危機によって、経済力と政治指導力の古い配分が変わることになると思います。グローバル経済を統括するアメリカの力が弱まり、中国を取り込むことの重要性が高まると思われます。ホワイトハウスで開催された先週の大会議、ブッシュ大統領が主催した世界中の20カ国の首脳が集まった会議で、左隣に座っていたのが中国の首脳でした。それが1つの象徴ではないでしょうか。つまり、世界中の人たちに中国はもっと今まで以上に重要な役割を果たさなくてはならないということの象徴だったと思います。
最後の点ですが、1929年の教訓の1つは、グローバルリーダーが不在であったということです。つまり、国家として公共財を世界のために提供する準備がある国家がなかったんです。1世紀の間、英国が衰退していた。イギリスはそれまで世界経済の大国であり、金本位制の監督的な国で市場開放を提唱し、不況時にはある程度、景気循環対策の資金投入をしていたわけです。アメリカは当時、力をつけつつあったんですが、まだその役割を果たせるレベルになっていなかった。もしかしたらそういうこともできたのかもしれませんが、まだリーダーシップを果たせるまでにはなっていなかったわけです。
つまり、みずから自主的に公共財を提供するような国がその当時はありませんでした。景気が悪化したときに資金を提供して、開かれた世界経済の利益を促進するような国がなかったわけです。イギリスはできなかったし、アメリカはしなかったのです。
アメリカはかつてほどの強い立場にありません。この50年間に発揮してきたような指導性を発揮できないわけです。中国の役割はより重要になっていますが、まだ準備ができていませんし、自分の国が世界のリーダーとも見ていません。そして、どの国も指導力を示せない時に、代わってリーダー役を務められるような国際機関もまだできていないのです。
いま我々は、この危機を乗り切るために大胆な発想をし、新しいリーダーシップ連合を構想するよう自分たちの指導者の背中を押さなければならない、そういう瞬間にいるのかもしれません。しかし、危機は深く、長く続くでしょう。私が期待する変化――それは発想であり、制度であり、指導力です。

