東大・朝日シンポ「資本主義の将来」


2009年10月23日(金)東京・本郷 東大安田講堂

【基調講演】岩井克人:東京大学経済学部教授

ポスト産業資本主義の時代

岩井克人氏

 今、世界の先進資本主義国、日本も韓国も含むOECD加盟国などがそうですね。そういう国々では資本主義が変わりつつある。どういうふうに変わっているかというと、産業資本主義と言われている時代からポスト産業資本主義という時代に移っている。

 この理由は、詳しい話は長くなるので簡単に言いますが、農村が人不足になったことです。どういう意味かというと、資本主義的な企業活動というのは利潤がなければうまく生存していきません。少なくともプラスの利潤を持たなければならない。すでに会社の二階建て構造で見たように、最大化する必要はないのですが、プラスの利潤がなくては倒産してしまう。(利潤とは、単純に、収入と費用との差異ですから、農村に人が余っていたときは、安い賃金でいくらでも労働者を雇えますから、生産性の高い機械制工場さえ所有していれば、利潤を生み出せた。ところが、農村でも人不足になると、賃金が上がり始め、機械制工場を持っていただけでは利潤を生むことはできなくなる。そうすると、収入と費用との間の違いを意識的に作り出していかなければならない)。利潤の源泉が、機械制工場を使う大量生産や大量販売から、技術革新や製品差別化という、ほかと違ったものを生み出すことによってしか利益を生み出せない、そういう時代になってきています。もちろん、人間しか、違いを意図的に生み出すことはできない。つまり、産業資本主義からポスト産業資本主義時代への変化というのは、機械制工場から、差異を生み出す人間へと、利潤の源泉が動いていっているということです。

 もっと簡単に言うと、利潤の源泉が「もの」から「人」へ動いている時代。ただ、人といっても全員じゃなく、違いを生み出せる能力や知識を持った人間ですが。重要なことは、これは、お金が今没落し始めているということを意味している。なぜならば、「もの」と「人」との間には、根源的な違いがあります。お金は「もの」を買えます。それがお金の力です。お金でものは幾らでも買えます。お金で買えないものはないと言った人がいます。確かに、お金で買えない「もの」はありません。ただ、お金で買えない「何か」がある。それは「人間」なんです。人はお金で買えない。お金で買えない存在ということが、近代における人の定義です。

 もちろん、どんな人でも札束は魅力的です。ただ、魅力的だけど、特に創造的な仕事をしている、先ほど言った違いを生み出すような人間、そういう人間の頭の中は、そんなに簡単にお金で支配することができない。なぜならば、人間には自由意思もあれば、複雑な感情もあるということです。

 そういう自由意思、複雑な感情のある人間に創造性を発揮させるためには、札束を目の前にぶら下げたって簡単には創造的な仕事をしてくれません。そういう人たちが求めるのは、不思議なことに、多くの場合、お金で買えない何かなのです。お金で買えない何かが欲しいと、お金で買えないから価値があるということです。それは例えば自由な時間だったり、文化的な環境だったり、共感できる目標だったり、社会的尊敬だという。

 本来ならば、もう少し詳しい議論が必要ですが、このポスト産業資本主義という時代、これはどういう時代かというと、金融が支配力を失ってくる時代だということです。会社の仕組みの中で、これは何を意味するかというと、会社に資金を提供しているのはだれかというと株主ですから、株主の力がこれからは相対的に低下していく時代になってくるということです。

 もちろん、こういう議論をするとよく反論が起きます。今、グローバル化になっている、それから、金融革命になっている。これは金融の力が強くなったことを示しているではないかと。こういう疑問は、当然です。ただ、因果関係を逆にしている。今、金融が非常に目立っているというのは、経済学の需要と供給の話しでいうと、金融が供給過剰だということなのです。いま、金融が余っている、お金が余っている、もっと別の言い方をすると、いまは流動性が過剰な時代になっていると。

 つまり、グローバル化というのはどういうことかというと、先進資本主義国の中ではもはや機械制工場が利益を生み出さなくなったということです。ですから、資本はもはや自国の中で機械制工場に投資してももうからないので、まだ機械制工場が利益を生み出すことのできるような労働賃金の安い発展途上国に行って、そこで産業資本主義的な活動をしようとする。つまり、資本が産業資本主義を求めて世界中を動き回っている、これがグローバル化なんです。

 それから、金融革命とは何かといえば、お金がもはや確実な投資先を失ってしまった。つまり、利益の一番の源泉は、グーグルでもフェイスブックでもいいですが、そういう革新的な事業をおこせるアイデアだったりする。だが、そういう投資先をあらかじめ知るのは難しい。

 そういうときに、お金が確実な投資先を失ってしまったことによって、リスクや時間、場合によっては空間に関するあらゆる違いを求めて、その違いを商品化する。時間の違いを商品化する、これは証券です。リスクの違いを商品化する、これはさまざまな金融派生商品ですね。こういうように、どんな小さな違いでもいいから商品化しなければ利ざやがとれない、その結果として生まれたのが金融革命です。

 さらに言えば、最も安易な利潤の創出というのはバブルを起こすことです。産業資本主義時代には、確実な投資先があった。GMとかGEとかゼネラルスチールに投資すればよかったのに、それができなくなったということで、金融が短期的な利ざやを求めてはげしく動きまわる結果として、バブルが起こる。今回のグローバル経済危機というのは、世間常識とは逆に、こういう金融の凋落という歴史的傾向の最初の表れだと考えると、非常に理解しやすくなると思います。