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(被災地で生きる)移住で近づいた心 東京→石巻

写真:堀越千世さんらが再生を目指している古民家=宮城県石巻市大原浜 拡大堀越千世さんらが再生を目指している古民家=宮城県石巻市大原浜

 牡鹿半島の石巻市大原浜に、築70年余の古い民家がある。2階まで津波をかぶったが、持ちこたえた。庭のマツも踏ん張った。ここを観光拠点に生まれ変わらせる計画がある。「多くの人に立ち寄ってもらえる場所にしたい」。地元の調整役を担うのが、東京都杉並区から移住した堀越千世さん(36)だ。

 ◇ ◇ ◇

 震災が起きたとき、都内の医療分野の企業で事務職をしていた。東北には縁もゆかりもないが、被災地のために何かしたい。義援金を送った。自宅では暖房を消して毛布にくるまり、節電に一役買おうとした。

 ほかにできることはないか。そう思っていたとき、ボランティアとして石巻市に先に入った友人から、悲鳴のメールが届いた。「人手が全然足りない」

 ボランティアの経験はなかったが、「泥をかき出すだけで喜んでくれるなら、行ってみよう」と、数日後には石巻市に入った。震災から1カ月後だ。

 泥出しの手伝いに行った家では、年配の女性が、支援物資の菓子パンでもてなしてくれた。2件目に訪ねた家の無口な男性は、泥だらけのお風呂をきれいにすると笑顔で言った。「あなたと写真を撮りたい」

 助けを必要としている人たちが、いる。金曜の夜に東京を出て、日曜の夜に戻る生活が始まった。

 震災から2カ月がたち、復旧が遅れていた大原浜に活動の場を移した。津波で窓も壁も抜けた公民館にボランティア仲間たちと寝泊まりした。寝袋で眠るのは初めてだった。

 がれきを撤去した。被災者が集まれる「お茶会」を開いた。走り回るうちに、白かった肌はどんどん日焼けしていった。

 ◇ ◇ ◇

 「こっちに住んじゃえば」。昨秋、所属する支援団体の代表を務める吉村誠司さん(47)から勧められた。古民家を大原浜の復興のために再生させる構想が持ち上がり、参加したいと手を挙げていた。

 移住を決めた。静岡県の両親は背中を押してくれたが、大原浜の人たちが反対した。「女の子1人で、どうすんだ」。震災で人が減った集落。夜は暗く、買い物ができる店も近くにない。それでも引っ越すと、地元との距離は縮まった。

 秋の祭りでは、祭りばやしの小太鼓を任された。リズムは集落ごとに微妙に違う。「ここのはやしを覚えて。大原浜の人なんだから」。そう言われ、うれしかった。

 古民家の再生は今年から本格化する。地元の協力も得て、がれきの片付けや庭の手入れは終えた。夏ごろには人が集まってお茶が飲める場所にし、さらに地元の食材を使ったレストランや特産品の販売所などのオープンを目指す。

 「金華山など牡鹿半島のほかの地域と一緒にイベントをやって、半島全体の復興を応援したい」(福島慎吾)

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