メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

08月21日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

このエントリーをはてなブックマークに追加

(被災地で生きる)2人の夢動き出す 松戸→石巻

写真:カフェをオープンした亀山貴一さん。妻の美香さんも好きだった蛤浜を望める高台にある=石巻市拡大カフェをオープンした亀山貴一さん。妻の美香さんも好きだった蛤浜を望める高台にある=石巻市

写真:津波につかった空き店舗を改装して、自身の和食店を準備中の今村正輝さん=石巻市拡大津波につかった空き店舗を改装して、自身の和食店を準備中の今村正輝さん=石巻市

 牡鹿半島の付け根にある石巻市桃浦の蛤(はまぐり)浜。入り江を見下ろす高台に3月11日、民家を改装した小さなカフェ「はまぐり堂」がオープンした。午後2時46分、店内では、この浜で生まれ育ったオーナーの亀山貴一(たかかず)さん(31)が、津波で命を落とした妻美香さん(当時29)に、祈りを捧げていた。

 蛤浜でカフェを開くことは美香さんとの夢だった。出産間近だった美香さんは市内の実家に帰省していて津波に流された。蛤浜も、がれきに埋まった。住民は9世帯から3世帯に減った。

 妻も愛した古里の再生に手を貸してほしい。石巻に集まったボランティア団体に協力を求め、千葉県松戸市からボランティアに来ていた今村正輝(まさてる)さん(32)と出会った。

 蛤浜にカフェや宿泊施設、キャンプ場をつくり、牡鹿半島に人を呼び込みたい。昨年6月、亀山さんは石巻市中心部の居酒屋でそんな夢を語り、今村さんも「応援したい」と応じた。

 それ以降、蛤浜からがれきを撤去する作業はみるみる進んだ。今村さんがフェイスブックで全国に協力を呼びかけると、100人以上のボランティアが浜に集まってくれたのだ。

 「一人では、どうしようもなかった。みんなとの作業も楽しかった」と亀山さん。カフェのテラスから蛤浜を望みながら、話す。

 「これからが新たなスタート。たくさんの人が来てくれるようになれば、妻も喜んでくれるはず」

     ◇

 今村さんは震災前、和食の料理人として修業中だった。被災地の様子を見て、石巻市にやってきた。ボランティアは初めてだった。

 石巻市中心部の商店街にある飲食店などをまわった。泥をかき出し、壁のペンキを塗り直した。手伝った店は43カ所にのぼる。

 気付くと、商店街は顔見知りばかり。「もう、地元みたいな場所。一生いる覚悟で復興につきあおう」。昨年4月、住民票を石巻市に移した。

 昼間は、蛤浜などでボランティア。夜は中心部の居酒屋でアルバイト。そんな生活を続けながら、地域の活性化にも本腰を入れ始めた。

 地元のアーティストや被災者は、手芸品や木工品、食器などを作り、苦しい家計を支えようとしている。こうした商品を扱うイベント、手作り市nomaki(いちのまき)を、毎月開くことにした。販路を広げようと、被災地支援を掲げる首都圏の店に売り込みも図る。

 自分自身の夢もかなえようと動き始めた。念願だった和食店を、石巻市中心部に構えることにした。

 津波をかぶった空き店舗を借り、今年1月から改装を始めた。ボランティア仲間にも手伝ってもらいながら、5月の開店をめざしている。「地元の人たちが作った雑貨や食器などを紹介し、県外に発信する場にしたい」と今村さんは話す。

 震災から3年目。2人の夢が、動き出す。

PR情報
検索フォーム

被災地で生きる 最新記事

検索

亡くなられた方々

| 記事一覧

ハッシュタグ #震災遺構

※Twitterのサービスが混み合っている時など、ツイートが表示されない場合もあります。

注目コンテンツ