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08月26日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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(被災地で生きる)仮設の願い届ける 神戸→石巻

写真:西本健太朗さん(前列右)ら石巻仮設住宅自治連合推進会のメンバー=石巻市拡大西本健太朗さん(前列右)ら石巻仮設住宅自治連合推進会のメンバー=石巻市

 今なお1万6千人が仮設住宅での暮らしを強いられている石巻市。市内各地の仮設住宅ごとにある自治会の意見をとりまとめ、行政や支援団体とのパイプ役を担っている組織がある。西本健太朗さん(26)は、その「石巻仮設住宅自治連合推進会」の事務局に勤めている。

 緊急車両の通行を妨げかねない駐車違反の車を減らすために市や警察と連携したり、仮設住宅の敷地内に街灯を設けるように求めたり。

 仮設住宅だからこそ、普通の住宅街と同じレベルの安心や安全が必要だ。「規模の小さい仮設住宅の声でも、行政などに届けるのが役目です」

 震災が起きた日、神戸大学の卒業式を2週間後に控えていた。刻々と伝えられる被災地の様子をテレビで見ているだけなのが、悔しかった。

 「何かしたい。しなくては」という衝動に突き上げられた。兵庫県内のNPO法人が呼びかける街頭募金の列に加わり、神戸の繁華街に立った。阪神大震災が直撃した場所。次々と募金をしてくれる。お札を入れてくれる人もいた。

 「神戸で集まるお金が、よそより少なかったら申し訳ない」と話す男性もいた。相づちを打つたび、神戸市民である西本さんの東北への思いは募った。

 卒業式の3日後に神戸を発ち、翌日に宮城へ入った。県内各地の避難所に赴き、世話役のような人をサポートする活動を続けた。

 「まず1週間」と考えていたが、滞在はどんどん延びた。「被災者はじっと耐えている。だけど、何も解決していかない。長く被災地にいて、自分のように動ける人が必要だ」

 震災から5カ月後、石巻で活動している団体に入った。開成地区と南境地区の仮設住宅の団地で自治組織の設立を手伝った。レクリエーションや趣味の会を催し、住民の横のつながりを広げる活動に携わった。

 仮設住宅の見回りもし、毎日のように顔を出した。「だんだんと住民のみなさんと仲良くなって。顔が見えるようになって」

 「けんちゃん」と呼ばれ、「またございーね」(また来てね)と言ってもらえるようになった。

 この4月から連絡推進会に移った。デスクワークが多くなり、仮設住宅にはあまり行けなくなった。仲良くなった住民からは、「どうしてるの?」という電話が今でも入る。

 連絡推進会には、自治会がある石巻市内の38の仮設住宅団地のうち36団地が加盟している。被災者たちが復興公営住宅に移れるまであと4年かかると言われている。息の長い支援が必要だが、公費だけでは十分な活動ができない。

 「支援してくれる人がいると、うれしいのですが」と西本さんは言う。

 仮設住宅の人たちは悲しい思いをしたはずなのに、本当に優しい。「ほうぼうでご飯をいただいていたものだから、こんなになっちゃって」。神戸にいたときより、体重が10キロほど増えた。(鈴木剛志)

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