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プロの語りごと

写真
写真をアートに昇華させる写真家

百瀬恒彦 〜前編〜

多くの著名人のポートレイトを撮影し、それを和紙にプリントすることでアートとしての作品作りに取り込む写真家、百瀬恒彦氏。数々の代表作品があるが、今回は「マザー・テレサ」を撮った時のことを中心にお伺いした。
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「一番印象が強い仕事は、やはりマザー・テレサを撮ったこと」と百瀬氏

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愛用のカメラが収められた白いキャビネット

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モノクロは撮影からプリントまで全部自分で行えるのも良いところという氏の作品

モノクロ写真へのこだわり

 写真家、百瀬恒彦。名前を聞いたことがある人も、またそうでない人も、氏の写真はどこかで見たことがあるはずだ。それぐらい有名で、日本を代表する写真家である。

「生活にこだわりはないね。あえて言うならば、こだわらないことかな…。嫌なこと、嫌な仕事はなるべくしない、それがこだわりみたいなものかな」

 そう笑うが、鉄筋アパートを一軒家に改造したという自宅には、こだわりが随所に感じられた。一見無造作に置かれているかのような古く白いキャビネットには、愛用のカメラが納められている。それが、実に絵になっているのだ。専属のスタイリストがいるのではないかと思うほど、格好良い。余裕のある大人は、穏やかなライフスタイルを自然にやってのけるらしい。

 けれども、氏の写真はそんな人柄とはまったく異なる。少しも穏やかではない。一瞬の情景を切り取ることを写真の定義とするならば、百瀬氏が撮影したものはそれを凌駕する。まるで被写体の内面までもむき出しにしてしまったかのような、独特の臨場感や緊張感があるのだ。

 百瀬氏はモノクロ写真にこだわる。そして、和紙にプリントすることで、写真をアートにまで引き上げるのだ。

「日本は、まだまだ写真がアートとして認識されていないでしょう。海外の画廊では、油絵と同じように取引されているのに。だからこそ、もっと写真にもアートの要素を取り入れたい。モノクロは撮影からプリントまで全部自分で行えるのも良いところだしね」

 白と黒。静謐なモノクロームの世界。モノクロの写真は、フルカラーのものよりも印象が薄いと思う人もいるだろう。しかし、百瀬氏の写真からは、今にも被写体が動き出しそうな躍動感、そして研ぎ済まれたような凛とした空気が感じられるのだ。モノクロームの強烈な印象、その言葉以外に相当するものが思いつかない。

マザー・テレサの写真を撮るまで

「これまでで一番印象が強い仕事は、やはりマザー・テレサを撮ったことでしょうね。あの人はやはり別格です」

 マザー・テレサを撮影するには色々な制約があったという。インドのマザーの修道会へ行けば、撮らせて貰えるというものではない。しかし、百瀬氏はその機会を得て、チャンスを逃さなかった。何が何でも撮りたかったという。1995年、今から10年ほど前のことだ。

 マザーの写真を撮るには、まず修道会側が発行する「マザー・テレサのパスポート」が必要になる。けれど、それはマザー自身を撮って良いという許可証ではない。関連施設を撮っても良いというだけの許可証である。撮れるかどうかは、本人の一存のみに委ねられていたのだ。

「どうしても本人を撮りたい。ミサの写真を撮りたいと願いました。そして、マザー・テレサに頼んだのです。そうしたら一瞬睨まれました。あの目は怖かったですね。そして、やや間があって『良いですよ』と言って下さった」

 マザーは写真嫌いでも有名な人である。事実、百瀬氏が訪れた時にも、教会で3年以上働いていたアメリカ人ですら、マザー自身を撮らせては貰えなかった。

 さらに、ミサは特別な儀式である。その写真を百瀬氏には許したのだ。自分が“特別”であったことを、氏は後になってから知ったという。

「とにかくおっかない人だな…というのが、マザー・テレサの印象でした。慈愛の人という印象があるけれど、人間としての厳しさも持ち合わせた人だったのだと思います」

 人が人を救う。それは優しさといったものだけではできないことだ。優しさとは、儚く脆いものである。人は優しいだけでは、現実の厳しさに自分が喰われてしまう。マザー・テレサを守っていたもの、それは備え持った厳しさにもあったのではないだろうか。

人間の尊厳とその本質

 マザー・テレサの写真というと、笑顔で子供を抱き上げている姿を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。しかし、百瀬氏が撮った写真は、そんな姿ではない。厳しい顔、マザーのシワだらけの手。強い意志の映し出すマザーの目は、見る者の心を射るようだ。そして、深く刻み込まれた手のシワからは、「慈善」とか「慈悲」という言葉以上のものが感じられるのだ。

 また、百瀬氏だけでないだろうか。マザー・テレサを「おっかない人」と形容するのは。

「マザー・テレサがやっていたことは、全ての貧しい人を救うことではなかった。それはご自身が一番理解していたと思います。辛さとか葛藤も、色々とあったでしょうね。厳しくなければやっていけない。それが伝わってきました」

 半世紀以上に渡り、路上で死にかけた病人を引き取っては看取り続けたマザー・テレサ。その功績が世間で理解され、讃えられるようになるまでには随分時間がかかった。現代医学が治療法ばかりを追求するなかで、「安らかな死」という人間の尊厳に関わるケアは、今日のターミナルケアやホスピスに通ずるものである。

 いくら許可が下りたとはいえ、厳粛なミサでシャッターを切るのは気が引ける時もあったという。それでも撮った。勿論、遠慮もしたが、いつも一瞬を逃さないように構えた。

「ミサの時に撮っていたら、その音でマザーがこちらを向いてね。一瞬、『もう十分でしょう』と目で訴えたんです。でもその顔も撮っちゃった。悪いと思ったけれど、撮った」

 そんな白と黒の陰影で写し出される百瀬氏の写真が、世の中にマザー・テレサという聖女の本質を伝える。光と影、それはまさに、白と黒である。そして、それこそが、人間の本質そのものなのかもしれない。

 だからこそ、モノクロの写真には、その人が持つ信念や意志といったものが写り込むのではないだろうか。そして、氏の作品を見た時に感じた畏怖は、マザーが持つ情熱が伝わってきたからではないだろうか。

 つまり百瀬氏は、そんな内面を引き出せる写真家なのである。

取材/文 吉岡美那子

(01/03)

達人プロフィール

百瀬恒彦

1947年9月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として、雑誌「モア」「コスモポリタン」「家庭画報」「婦人画報」「エル・ジャポン」「ミセス」などで、主にポートレートのグラビアページを手掛ける。また、和紙にモノクロをプリントした作品作りに取り組み、ポートレートの他に「入れ墨」をテーマにした作品もある。家庭画報にて連載していた「そして、海老蔵」が、世界文化社より刊行中。

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