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プロの語りごと

写真
写真をアートに昇華させる写真家

百瀬恒彦 〜後編〜

多くの著名人のポートレイトを撮影し、それを和紙にプリントすることでアートとしての作品作りに取り込む写真家、百瀬恒彦氏。今回は、氏の写真家としての顔だけでなく、愛犬家としてのプライベートにも迫る。
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ポートレイトを和紙にプリントした百瀬氏の作品

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さりげないこだわりが随所に見られるリビング

生意気な若造!?

 昨年話題となった1冊に「そして、海老蔵」という本がある。これは、家庭画報に連載されていた、11代市川海老蔵襲名披露公演を1年に渡って追ったドキュメンタリーだ。その写真撮影を百瀬氏が担当していた。

 歌舞伎は華やかそうに見えるが、規則や伝統が重んじられる世界である。観客に最高のエンターテインメントを提供するからには、裏方は厳しく、土台は丈夫でなければいけない。そのど真ん中に位するのが、かの海老蔵、その人なのである。

 そして、彼のことを百瀬氏は笑ってこう言った。

「生意気な若造」

 決して悪口ではない。市川海老蔵と百瀬氏とは、親子ほどの年の差がある。だから、親が子を照れながら紹介するかのようなニュアンスがあった。

 1年間海老蔵を追いかけて、稽古や襲名の儀に至るまでを撮り続けたが、それ以上の交流はないという。どんなに毎日一緒にいても、お互いが“仕事”という一線を引いているかのようだ。

「仲良くなれば良い写真が撮れるというものでもないんだよ。勿論、仲が良いからこそ、普段見せないような表情が撮れるということもあるけれど。谷川俊太郎さんとは仲が良いから、そんな写真が撮れたけれどね。海老蔵は完全に仕事として。でも、信頼関係がないと良い写真は撮れないものなんだよ」

 しかも、いくら撮影許可が下りているとはいえ、公演中や稽古時には、シャッター音を気にした関係者サイドから、撮影NGが出たことが多々あったという。それでも、1年追うことで、これまで一般人が目にすることがなかった世界を撮ることができた。

「周囲は、彼のことをもっと放って置いてやってほしいね。あの若さで、あれだけ責任を負うのは大変なことなのだから。少しぐらいのやんちゃは…ね(笑)。目をつぶってあげようよ!」

 まるで親戚の叔父さんのように笑う。プライベートで交遊したり、酒を酌み交わしたりしなくても、仕事の信頼という部分で確かに繋がり、そして分かり合っているのだろう。

 百瀬氏が最も印象に残っている撮影のエピソードの1つに、スウェーデンのガラス作家バーテル・バリーン氏がある。

「彼の作品を湖に突き刺してね。さらに彼が湖に入って顔だけ出している姿を撮影したかった。最初は寒いからって、嫌がってね(笑)。でも、スケッチを描いてちゃんと説明したら、やってくれたんだ。お互い良い作品を作ろうという気持ちがあるからこそ、そんな写真を撮らせてくれたんだね」

 馴れ合わない信頼関係の写真には、ピンと張りつめた空気がある。親しみから生まれた信頼関係は、どこか温かみと絆を感じさせる写真となる。共通していることは、その時々でベストな作品を生み出すということだ。ファインダーを通した信頼関係が、写真に写り込むのかもしれない。

ジャーマン・シェパードのナナ

 シェパードというと、多くの人にとって警察犬のイメージがあるだろう。しかし、シェパードとは「羊飼い」の意である。ドイツの羊飼い。その名の如く、牧羊犬である。元来ドイツでも、チューリンゲン、クローネ、ヴェルテンベルク地方などに、様々なタイプの牧羊犬がいた。これらを選択して掛け合わせ、改良したのが、現在のジャーマン・シェパードなのである。

 さらに、第一次世界大戦においては、軍用犬として用いられ、負傷兵の救出や通信、伝令、そして陣営の警備に活躍した。順応性が高く、理解力に優れ、勇敢で、どんな作業も忠実にこなす万能犬であることから、現在も警察犬、麻薬捜査犬、盲導犬、救助犬と多分野で活躍している。

 百瀬家のナナは、まさしくそんな生粋のジャーマン・シェパードである。整った身体に、綺麗にブラッシングされた艶のあるコート。一目で、愛情を注がれている犬だと分かる。

 しかしまだ9ヶ月とあって、どことなく表情が幼い。プライドは高そうだが、時折甘えた表情も覗かせる。まるでチャーミングなお姫様だ。そして、主である百瀬氏には、「かまって欲しい」とばかりに、側に寄っては大きな尻尾を振る。

「ナナは僕の恋人だから」

 ナナのことを話す時の百瀬氏は、とびっきりの笑顔を覗かせる。ナナもその言葉の意味が分かるのか、耳をピンと立てて、時折小首を傾げては、こちらの反応を探っているかのようだ。

 ただし、シェパードは愛玩犬として飼いにくい犬種でもある。運動量も多く、プライドが高いので、チワワなどと同じように考えていては到底飼いこなせないのだ。

 だから、百瀬氏の1日は、ナナの散歩が結構な割合を占める。朝はナナに起こされて散歩、午前中は車でドッグランに出かけ、夕方には近所を巡って一時間ほど。夜寝る前にちょこっと出かけることもあるという。聞いているだけでもウンザリするほど大変そうだが、当のご本人と一匹は、少しも苦ではないようだ。

「犬が大好きですね。これまで、ビーグル、ゴールデンレトリバー、ミニチュアダックスフンドなどを飼ってきた。どれも犬種によって、かなり性格が違うんだ」

 その中でも、ナナは特別なようだった。老いれば、大型犬を飼うのが難しくなる。年齢的にも、大型犬はこの子が最後になるかもしれない。だから、迷うことなく避妊した。ナナの子犬だったら、可愛いに決まっているが、終生面倒を見られないかもしれないのだからと。

「それでも犬のいない生活は考えられない。これまでずっと犬を飼ってきたから。犬は可愛い。ナナは一番可愛い(笑)」

 氏が本当に犬好きであり、また、ただ可愛いからと、犬を飼う人達とは違うと感じた。犬を飼うことは、パートナーとしての責任を持つこと。そして、“主人”であること。犬を飼うことは簡単だが、よい関係を築いて飼い続けることは容易ではない。

現代人は本当に忙しいのですか?

 百瀬氏ほど有名なカメラマンであれば、日々のスケジュールは多忙であるはずだ。しかし、それをお首にも出さない。そして、ゆったりと構えている。ナナと遊びながら。

「現代人は、『忙しい、忙しい』とすぐ口にするけれど、それは本当に忙しいんですか? 自分の時間は、自分で作るものじゃないんですか?」

 口調は柔らかでも、厳しい言葉だった。日々流されるままに生きていたら、忙しいと感じるのは当然かもれしない。しかし、自分がしなければいけないこと、やりたいこと、それをハッキリ自覚したら、時間はいくらでも作れるのではないだろうか。

「僕はニュース以外、テレビをほとんど見ない。世間からますます置いて行かれている気がするよ」

 “自称”時代遅れのオヤジは、笑いながらナナの頭を撫でた。この余裕、見習いたいものである。

取材/文 吉岡美那子

(01/17)

達人プロフィール

百瀬恒彦

1947年9月、長野県生まれ。武蔵野美術大学商業デザイン科卒。
在学中から、数年間にわたってヨーロッパや中近東、アメリカ大陸を旅行。卒業後、フリーランスの写真家として、雑誌「モア」「コスモポリタン」「家庭画報」「婦人画報」「エル・ジャポン」「ミセス」などで、主にポートレートのグラビアページを手掛ける。また、和紙にモノクロをプリントした作品作りに取り組み、ポートレートの他に「入れ墨」をテーマにした作品もある。家庭画報にて連載していた「そして、海老蔵」が、世界文化社より刊行中。

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