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お茶に合唱、俳句とわたせ氏の多趣味ぶりには目を見張るばかり |
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「ハートカクテル」より「Vol.119 ジンジャー・クッキー・レディー」 |
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「風と波のコンチェルト」 |
サラリーマン生活の“名残”
東京・世田谷の閑静な住宅街。わたせせいぞう氏の作品を展示する「アップルファームギャラリー」に足を踏み入れると、外の梅雨空がまるで別世界に感じるほど、目の前には外国で見たような美しい光景がどこまでも広がっていた――ギャラリーを訪れたこの日は、ちょうど「わたせせいぞう キミとボクのものがたり 〜ふたりのコンチェルト〜」展(7月29日まで開催)の真っ最中。雨の日に始まるふたりを描いた『ハートカクテル』の原画を始め、色鮮やかな作品が所狭しと、しかしそれぞれが調和して並んでいる。何気ない一瞬も、わたせ氏が切り取ると、まるで魔法がかかったように生き生きと輝き、特別なストーリーを語り出すから不思議だ。
普段は自宅近くにあるオフィスで仕事をしているというわたせ氏。1日のスケジュールについてまずは伺ってみた。
「朝は7時ごろに起きて、8時半には事務所入り。出社時間の10時まで、仕事をしながらスタッフが来るのを待ちます」
イラストレーターというクリエイティヴな仕事柄、夜型で不規則な生活を想像していただけに、その整然としたスケジューリングにまずは驚かされた。サラリーマン生活を16年間続けていた名残で、体内時計が朝型のままになっているのだとか。
「作品を考えるのは午前中ですね。インストゥルメンタルの音楽をかけながら、作品の構想を練ります。終業時間は19時ですが、それでは仕事が終わらないので、夜は打ち合わせを兼ねて食事に出かけます。残念ながらアルコールは飲まずに、事務所に帰ってまた仕事。24時ごろまでは事務所にいます」
平日は仕事に集中。基本的には土日休みだが、日曜も仕事をしていることが多いという。
「仕事を長くやるのは苦ではない。好きなんでしょうね、仕事が。夜更かしするのも金土のみ。平日は早く寝ます」
その言葉からは、「ワーカホリック」という表現がしっくりくるような、ストイックな仕事人を想起させる。ご本人も「なんだかマジメすぎですね」と笑うが、不思議なことにその表情には“仕事人間”にありがちな切羽詰った印象はまるでなく、とても穏やかで、どこか余裕すら感じさせるものがある。その理由はすぐに判明した。秘けつはオフの過ごし方にあったのだ。
お茶の稽古で非日常に浸る
「土曜は月に3回、鎌倉までお茶を習いにいくんです。実は11年ほどやっているんだけど、稽古に行けないことも多いから、先生からは『人には3年と言うように』って言われているの(笑)」
品川から横須賀線に揺られて約1時間。歴史と自然、文化に恵まれた古都・鎌倉には、都会とは異次元の世界が広がっている。わたせ氏曰く、そこへ行くのは“非日常の世界”を体験するためだという。
「だから、一生懸命稽古して資格を取ろうとは思わない。なんて、ただの言い訳かな(笑)」
由比ヶ浜の波で洗われるように、日常生活でたまったすべての雑念をきれいさっぱりと洗い流す。そして、お茶を楽しみ、様々な人との会話を楽しむ。その時間が、氏にとってはかけがえのないものになっている。
合唱団で大舞台を経験
わたせ氏の趣味はお茶だけにとどまらない。政界、財界の著名人やアーティストが数多く所属することでも有名な「六本木男声合唱団倶楽部」でバリトンを担当。年に1度は、プロでもなかなか立つことのできないサントリーホールのステージで歌声を披露しているという。
「譜面も読めなくてよくやっているなと我ながら思うけどね(笑)。僕たちのときはまだ、舞台に立って歌えさえすればいいというのが入団の基準だったの。今は人数が増えすぎて、歌がうまくないと入れなくなっちゃったけど」
人に誘われるままに始めた合唱だが、初めてサントリーホールに立ったときには、格別な思いがあったそうだ。初舞台の2週間前、同じホールにて、敬愛するチェリスト、ヨーヨー・マのコンサートを観衆の1人として見ていたからである。
「2週間後、僕もそこに立つのかと思うと、何とも不思議な気分になった。でも実際に立ってみると、やはり気持ちのいいものでしたよ。みんなで歌うと、それが1つの音になって観衆をせめていく。恍惚としましたね。でも中には、歌詞を間違えたり、音を外している人もいたりするんだけど(笑)。それもまた隠し味みたいなものですからね」。
数年前には、毎年恒例の海外公演で、世界最高の演奏会場と謳われるウィーンの「楽友協会ホール」のステージも経験したというわたせ氏。普通では考えられないような大舞台で歌い、日常では得られない刺激と感動を得る。こうした充実の時間が、作品作りにも良い影響を与えていることは想像に難くない。
俳句と絵の意外な関係
さらに現在は、3ヶ月に2回のペースで行われている黛まどかさん主催の「百夜(ももよ)句会」にも参加。多士済々なバラエティーに富んだメンバーと金比羅や湯布院へ吟行で訪れては、俳句を読むのが楽しみだという。
「俳句というのは、いろんな情報を盛り込むのではなく、文章でいうなら行間を与えるもの。五・七・五で宇宙までも表現するものです。それに、俳句は感情を入れてはいけない。聞き手が想像し、受け取るものですから。僕の絵を俳句みたいだと言う人もいるけど、そういった点で確かに似ていると思いますね」
オンとオフの切り替え方
お茶に合唱、俳句と、いやはや、その多趣味ぶりには目を見張るばかり。こうした時間は気持ちも完全に「オフ」の状態に切り替わるという。これもサラリーマン時代の経験が物を言っているようだ。
「サラリーマンのときは、1週間の使い方がとても難しかったんです。というのも、イラストレーターとの“二足のわらじ”生活だったから」
平日は会社の仕事、土日は絵の仕事――時間を区切ってはみたものの、最初は気持ちがうまく切り替えられなかった。会社の仕事をしながらも、頭の中では作品のアイデアをどうしようかと考えてしまう。逆に、土日には絵を描きながらも、営業の成績に考えを巡らせてしまい、どちらもうまくいかなかったという。
「仕事を引きずっているとダメですね。残滓が頭の中に残っているというか。そこで、月〜金までは会社の仕事で完全燃焼することにしたんです。とにかく、お客さんとのカラオケでも何でも、行ってしまった方がいい。そうすれば、“すべてやった”という達成感で、土日にうまくシフトできるんです」
仕事も趣味も、その間は集中して、一生懸命に取り組む。1つのことに熱中することで、気持ちの切り替えもうんとスムーズになるのだ。
平日の仕事が忙しいと、週末はどうしてもダラダラと過ごしてしまいがち。だが、そうなると月曜からの仕事も、どこかエンジンがかかりにくいと感じることはないだろうか。そんな人は、わたせ氏のように、休日にも熱中できる“何か”を見つけてみるといいかもしれない。
今流行りの“ちょいワル”とは一線を画す元祖シティー・ボーイには、サラリーマン生活で得た自己管理能力と、何事にも熱中できる集中力、そして力の抜きどころを心得たスマートさが備わっている。彼の描き出す作品が人を魅了し続けるのは、作者自身がつねに魅力的であるからに他ならない。
取材/文 高間裕子
(07/04)