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「海外をよく訪れるようになってから、街や人、食といったものを描きたいと思うようになった」と安藤氏。 |
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「ニース1998」 |
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安藤家の愛猫、マルコ。生後10ヶ月とは思えないほど、貫禄たっぷり。 |
愛猫のいる生活
安藤氏が現在、自宅兼事務所を構えるのは、神奈川県内の緑溢れる閑静な住宅街だ。以前は仕事の都合もあり、都内に在住していたが、自宅脇を大型道路が走っていたため、窓も開けられないほど空気が汚かったという。奥様の知代さんが体調を崩したことを機に、多摩川を越えて緑の多いこの街へと引っ越すことに。瀟洒なマンションの窓の外には澄んだ青空がどこまでも広がり、窓からリビングへと晩夏の陽光がやわらかく差し込んでいる。
そのリビングで出迎えてくれたのが、安藤家の愛猫、マルコ(オス)だ。アメリカのメイン州が発祥の、メインクーンと呼ばれる品種だそう。まだ生後10ヶ月だというが、すでに体重は6kg。大きい猫が好きだという安藤氏が、こだわり抜いて選んだそうだ。立派な長毛も手伝ってか、ゴールドの体躯を優雅に横たわらせる彼の姿には、風格すら漂っている。その一方で、奥からこちらの様子を控えめにうかがう猫の影が。イタリア語の先生の名前を拝借したというロッセッラ(メス)は、大きな体に似合わず、とても神経質。メインクーンの特徴でもある、ふさふさとした美しい尻尾が時折見え隠れするが、なかなか全容を現してくれない。
「僕たちが彼女を置いて旅行に行ってからというもの、ストレスで病気になっちゃったんです」。イラストレーターの安藤氏と、奥様で料理家の知代さん。自宅で仕事をする2人と小さい頃から常に一緒にいたため、ご主人様の1週間の留守がロッセッラには相当こたえてしまったようだ。絵を描くために海外へ飛ぶことも多い安藤氏だが、今は猫たちのことを考え、旅行も慎重にならざるを得ないという。しかし、彼らとの生活は、何物にも代えがたい至福のリラックスを与えてくれるそうだ。猫たちは安藤家には欠かせない、大切な家族の一員なのだ。
自動車画家としてのキャリア
自動車専門誌『NAVI』での10年間にわたる連載や、トヨタ自動車のカタログ、フジテレビのF1ポスターなど、これまで車関係のイラストを数多く手掛けてきたことから、“自動車画家”として認知されることが多い安藤氏。しかし、ご本人はその肩書きに少々戸惑い気味のようだ。
「実は、もともと自動車にそれほど興味がなかったんです。幼稚園の頃、トラックなどの大型車を見るのがわりと好きだったけど、乗用車にはまるで関心がなくて。実際に描き始めるようになったのは、あの自動車の塊(かたまり)感に興味を覚えたからですね」
桑沢デザイン研究所では、グラフィックデザインを専攻。しかし、デザインは向いていないと早々に感じたそうだ。卒業後、ファッション・イラストのクロッキーを一から学び始める。そこで出会ったのが、洋画家の松井ヨシアキ氏だった。ピエロをモチーフにしたヨーロッパ的な彼の作品に憧れ、本格的に絵の道に進むことを決意したという。
とはいえ、絵だけで食べていくのはそう簡単なことではない。まずはプロダクションのイラストレーション部に入り、何から何まで言われるがままに描く日々を送る。
「そうこうしているうちに、自分が何を描きたいのかわからなくなってしまったんです。同年代のクリエイターがたくさんいて、和気あいあいと過ごしているうちに、気付いたら6年経っていた。そこでふと、自分の形がないことに焦りを感じたんです」
自分の形を作るべく、安藤氏はサラリーマン・イラストレーターに見切りをつけ、思い切ってフリーになった。その後、イラストレーションの扱いが良いとされる雑誌を5誌を選び、営業に向かったという。そのうちの1誌が、後に連載を持つことになる『NAVI』誌であった。その後、F1ブームの到来で、スポーツ専門誌『Number』にも車のイラストを描くように。続いて石油関係の広告を任されたりしているうちに、気付いたら車関係の仕事ばかりが舞い込むようになったという。
「その頃、目立つ仕事と言えば、車関連ばかり。それで自然と周りから“車専門”と思われてしまって。車を描くのは好きですが、実はいじるのは全然ダメなんです(笑)。興味があるのはあくまでも車のフォルムですから」
新たなモチーフは“食”
意図せず“車専門”のイラストレーターとして認知され、一線で活躍を続けていた安藤氏。個展に出す作品も、車を主体としたものばかりだった。しかし2000年を機に、作品のモチーフの幅が広がり始めたようだ。
「うちの家内と海外をよく訪れるようになってから、街や人、食といったものを描きたいと思うようになったんです。今は風景などを主体にして、アクセント的に車を置くことが多いですね」
訪れる先は主にヨーロッパ。中でもイタリアとフランスに行くことが多いという。街中をブラブラ歩いたり、市場を散策したり、地元の食を楽しんだり……観光地ではなく、地元の人々が暮らす街の中での印象的な光景が、作品のインスピレーションを呼び起こすようだ。
その中でも、最近特に興味があるモチーフは“食べ物”だと安藤氏。これは料理家の奥様、知代さんの影響が強いそうだ。
「食というものは芸術性が高いですね。目で見て、鼻で嗅いで、味わって……という具合に、五感をフルに使いますから。でも、それを表現するとなると、やはり写真になかなか勝てない。シズル感を表現するのが難しいんです。だから、絵ではどうデフォルメするかが一番ポイントになりますね。なかなかうまくいかないのですが……」
難しいからこそ、挑戦しがいもあるというもの。今後も食を描き続けていきたいと安藤氏は意欲を燃やしている。
大人も楽しめる絵本を
その一方で、“絵本”という新たなフィールドにも挑戦。自動車の絵本ということで、“自動車画家”の安藤氏に白羽の矢がたったようだ。
「頼まれたから、ちょっと描いてみようかと思って。でも驚きましたよ。出版の2年前に編集者が打ち合わせにやってきたから。これまで広告と雑誌ばかりで、すべて短いサイクルでやってきましたから。出版が2年後と聞いて、気が遠くなりましたね(笑)」
自由に描いていいという条件の下、この仕事を引き受けた安藤氏は、自身の好きなクラシックカーをふんだんに取り入れ、大人も楽しめる作品を目指した。こうして完成した『あかくん まちをはしる』(福音館書店)は、子供とそのお父さんの二世代から大反響を得ることに。さらには、一般の人は知らないようなマニアックな車が頻出する作品として、クラシックカー・ファンの間でも話題となった。
「ストーリーは、赤のミニが街の中を走って、様々な自動車と出会うといった単純なものなんです。でも絵本だとたいてい、子供に受けるように車を擬人化したり、かわいく描く人が多いですからね。僕の場合は、子供にこびずに、自分が楽しんで描いたことが、結果的によかったんでしょうね」
現在は2007年末に出版予定の絵本3作目『あかくん でんしゃとはしる』に早くも取り組んでいるそう。次回作は車と電車の共演になるとのことで、またまた乗り物ファンにはたまらない作品となりそうだ。
ヨーロッパへの憧れとこだわり
師匠でもある松井ヨシアキ氏の作品に感銘を受けて以来、ヨーロッパに憧れ、最近では実際にヨーロッパを題材に描くことも多い安藤氏だが、作品の色合いにもその影響は色濃く反映されている。
「もともと若い頃から、僕の作品の色はヨーロッパ的だと言われていたんです。君の絵はアメリカでは受けないねと(笑)。アメリカで受けないことには成功とは言えないかもしれないけど、でも僕はアメリカ的なものは好きじゃないし、それはそれでしょうがない。あらためてひんぱんに渡欧するようになって、やはり色気的にヨーロッパは自分に合ってるなあと再確認しましたね」
ヨーロッパの色の特徴、それは茶色の美しさにあると安藤氏は語る。氏のお気に入りは、茶色やベージュといった落ち着いたカラー。アメリカではなかなか受け入れられることのない色だ。今描いている作品も、ほとんどがベージュをベースにしているという。そのせいか、タッチは大胆なのに、全体から受ける印象はとてもソフトで、温かい。どこかノスタルジーや安堵感を感じさせるのも、柔らかで落ち着いたベージュの配分が多いためだろうか。
「自分ではそう思わないけど、昔と比べるとタッチはずいぶん落ち着いてきたと言われます。昔はもっと線がうるさくて、洗練されていなかった。年とともに、シンプルな方向に向かっているみたいですね」
ヨーロッパの街角では、大好きなクラシックカーに出会えることもしばしば。イタリアでは、南に行けば行くほど、生産が終了して30年近くたつチンクエチェント(FIAT500)が元気に走る姿がよく見られるそうだ。
「旅をすると、知らずのうちに車を追ってしまうんですよ。気付くと写真を10枚くらい撮っていたりしてね」
そう言って笑う安藤氏は、「猫と相談しつつ」今年もまた旅に出て、作品ができれば個展も開きたいと考えているという。異国の街を走る素敵なフォルムの車と、おいしい料理の数々、そしてその街の空気が、新たな作品に乗せて届けられるのを楽しみに待つとしよう。
取材/文 高間裕子
(09/05)