 |
「書くことは人間のもっとも基本的な快楽、人の目は気にせず、自分の好きなように書けばいい」と古山さん。 |
|
 |
オーダーメイド鞄店で作られた、万年筆のための鞄。 |
|
まずは書く楽しみを
万年筆を楽しむには、まずは使ってみないことには始まらない。憧れの1本を手に入れても、いざ書くとなると、尻込みしてしまう人も多いのではないだろうか。しかし、「書くこと」は人間のもっとも基本的な快楽ではないかと古山氏は問いかける。
「字が下手だとか言う人がいるけど、そんなことは余計なお世話。人の目は気にせず、自分の好きなように書けばいいんです。文句を言う人がいれば、その人には二度と手紙を書かなければいいだけ(笑)」
自分に合った万年筆を持ち、好きなように紙に線をしたためる。こうした贅沢で有意義な時間を大切にしてほしいと古山氏。
「まずはコレという大事な1本を手に、手帳や日記をつけてみてください。本当にいい万年筆で自分の字を書くと、日常が変わりますよ」
インクを選ぶ喜び
書く楽しみを覚えたら、次はインクを選んでみる。今や万年筆が世界でもブームとあって、インクのバリエーションには事欠かない。
「万年筆って、インクを選べるところが醍醐味ですよね。それも、単純に青や赤、黒といったものではない。個性を主張できるユニークなカラーを選べるんです」
そう言って氏がまず取り出したのが、モンブランの「ラブレターインク」。2年前のバレンタインデーに合わせて販売された限定品だ。深みのある紅色は、まるでロマンティシズムと燃え上がる想いをブレンドしたかのよう。上品に広がるバラの香りも洒落ている。
万年筆専門店の「万年筆博士」が出している「イカ墨セピアインク」は、モダンでありながら温かみを感じさせる柔らかな色合いが特徴的。古山氏によると、このインクは空気に触れても色褪せることなく、徐々に渋みを増してくるという。時の経過とともに移ろいゆく線の表情を楽しむのも一興だ。
ドイツの伝統的なインクメーカー「ヤンセン・ハンドメイド・インク工房」は、各カラーに歴史上の著名な人物の名を冠した、遊び心溢れる手作りインクを揃えている。「レオナルド・ダ・ヴィンチ」(茶色)などは、本人が使っていたものと同じ色に調合してあるのだとか。なんともロマンを感じさせてくれる。
インク1つでイマジネーションは無限に広がる。これで書く楽しみもいっそう増すというものだ。
鞄も万年筆仕様
さらに古山氏のような達人ともなると、自分の万年筆に合わせて、欲しいアイテムを職人に作ってもらうという高度なお楽しみも。
氏にとって、今や万年筆は「手の一部」であり、「常に身につけておかないと不安でたまらない存在」。そのため、特製のペンケースをオーダーメイドし、いつも首から提げているのだとか。さらに、鞄も万年筆仕様の特注品を愛用するというこだわりよう。この鞄が、また只者ではない。
鞄通としても知られる古山氏が、「日本で最高の手縫い職人さん」と太鼓判を押す、渋谷のオーダーメイド鞄店「Fugee(フジイ)」の藤井弘幸氏。彼が2人の職人とともに1ヶ月を要して作り上げた手縫いの鞄が、古山氏の著書『鞄が欲しい』にも登場する、この「KENSAKI 万年筆鞄1号」である。その名のとおり、“幻の万年筆”とも呼ばれる希少な逸品「剣先倶楽部」(古山氏がデザインを担当)用に作られた、まさに万年筆のための鞄なのだ。
ベルギー製の一枚皮を剥がさずにそのままの厚さで使用した、重厚感のあるボディ。同時に、底のゴロンとした卵のような膨らみがユーモラスでもある。
「やたらと重いけど、形が形だけに床にも置けない。一度家を出たら、帰るまで抱えていないといけないんです」
そう笑いながらも、この世に1つしかない万年筆専用鞄を抱えた古山氏の表情は、誇りと満足感に満ちている。万年筆の魅力を追求する達人の情熱は、ますます熱く燃え上がる一方だ。
取材/文 高間裕子
(03/24)