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2012年11月16日14時10分

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うたの旅人

輝く記憶よみがえる 「フェニックス・ハネムーン」

かつて新婚、いま恋さがす旅 宮崎市

写真:青島神社の元宮に続く参道。絵馬のトンネルの向こうには南国の植物が生い茂り、訪れた観光客の多くが驚きの声をあげていた=宮崎市・青島 拡大青島神社の元宮に続く参道。絵馬のトンネルの向こうには南国の植物が生い茂り、訪れた観光客の多くが驚きの声をあげていた=宮崎市・青島

 太平洋に向けてゆったり大淀川が流れる宮崎市。川沿いにはアフリカのカナリア諸島原産のヤシ科の樹木、フェニックス(カナリーヤシ)が並びます。かつてこの木の下には、新婚旅行客があふれていました。

 1960〜70年代、多いときには新婚の3分の1〜4分の1が宮崎を訪れました。そして、宮崎市から日南海岸へ向かう定期観光バスに乗車。「鬼の洗濯板(岩)」に囲まれた青島(宮崎市)や、鵜戸(うど)神宮(日南市)を巡りました。70年代はじめまで1ドル300円台。ハワイなどの海外は気軽に行けず、南国情緒豊かな宮崎は憧れの場所でした。

 ブームは、皇室関係の2組の夫婦の訪問がきっかけでした。

 まず、1960年5月、昭和天皇の五女、島津貴子さんと久永さん夫妻が宮崎を訪れました。2人は3月に結婚したばかり。貴子さんは、その明るく気さくな人柄で人気を博していました。

 そんな貴子さんのファッションや動向を、週刊誌や新聞が追いかけました。青島や鵜戸神宮など夫妻の向かった場所は次々に取り上げられ、それらを結んだ線は「島津ライン」と呼ばれました。そして、そこに新婚カップルが押し寄せることになりました。

 さらに、62年、当時皇太子だった天皇陛下と皇后さまが宮崎をご訪問。ご成婚からまだ3年だったこともあり、宮崎の人気が一気に高まったといいいます。

 

 (続きは11月17日付け朝刊の別刷り「be」をお読みください。)

 

読む

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 宮崎交通の創業者で「宮崎観光の父」とも呼ばれる故岩切章太郎氏は、自著『心配するな 工夫せよ』(鉱脈社、2千円)で、フェニックス並木の整備など観光開発に取り組んだ半生を「大地に絵を描く」といった言葉で語っている。

聴く

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 「フェニックス・ハネムーン」は、「デューク・エイセス55周年記念盤」(EMIミュージックジャパン)などで聴くことができる。「フェニックス・ハネムーン」を含む「にほんのうた」シリーズを収録した「にほんのうた デューク・エイセス」(同)も発売されている。

今回取り上げている商品

本『心配するな 工夫せよ』

本『心配するな 工夫せよ』

観光地・宮崎の発展に尽力した岩切章太郎の自叙伝。生い立ちから「宮崎交通」の立ち上げ、戦後の再建と宮崎の発展など、逆境にあっても志を高く持つ氏の生きざまが語られる。

CD「デューク・エイセス55周年記念盤」

CD「デューク・エイセス55周年記念盤」

男性コーラスグループ「デューク・エイセス」のデビュー55周年を記念して、2010年に発売された2枚組のベストアルバム。「フェニックス・ハネムーン」「筑波山麓合唱団」「歌・愛・仲間」など全45曲を収録。

CD「にほんのうた デューク・エイセス」

CD「にほんのうた デューク・エイセス」

日本全国のご当地ソングを作る企画「にほんのうた」の、全50曲をまとめて楽しめるアルバム。作詞・永六輔、作曲・いずみたく、歌・デューク・エイセスというスタイルで制作され、「女ひとり」「いい湯だな」「フェニックス・ハネムーン」など数多くのヒットソングが生まれた。

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「うたの旅人」はbeでお届けしています

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beは朝日新聞の土曜朝刊に挟み込まれてくる別刷り紙面です。ビジネスの「b」(青のbe)と、エンターテインメントの「e」(赤のbe)から成っています。「うたの旅人」は赤beのフロント紙面で、08年4月から続いている企画です。毎週、一つの歌を題材に、記者が歌にちなんだ土地を旅し、歌にまつわるエピソードを探します。
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