写真・図版 ほんとの空の智恵子像

写真・図版 二本松少年隊士像

写真・図版 霞ヶ城の入口の戒石茶屋のもりそば800円

写真・図版 宿場の面影を残す本町の上本陣通り

写真・図版 発祥といわれる玉嶋屋の「玉羊羹」

写真・図版 皮と餡が絶妙な日夏の最中の「洗心亭」

 福島県のほぼ中央に位置する二本松は江戸時代、丹羽氏10万石の霞ケ城(二本松城)の城下町。駅前に立つ二本松少年隊士像と高村智恵子像が語るように、戊辰戦争で散った少年隊の悲話と『智恵子抄』の智恵子のふるさとでも知られている。

 ふらりと降り立ったのは桜の季節。運よく駅前から智恵子の生家や霞ケ城、大隣寺などを1時間ごとに循環する「二本松春さがし号」バスの運行期間(今年は5月8日まで10時~15時発の6便・大人500円)だった。

 最初に下車したのが旧奥州街道の智恵子の生家(電話0243・22・6151)。清酒「花霞」で知られた造り酒屋で、帳場や居間、台所、2階の智恵子の部屋など見て回る。酒蔵をイメージして裏に建てられた智恵子記念館に入ると、明治19年(1886)の生まれに始まり、福島高等女学校、東京・日本女子大学校卒業など生い立ちと作品を展示。油絵にひかれて洋画家の道を歩み26歳の時、平塚らいてう主宰の女性誌『青鞜』創刊の表紙絵を描く。彫刻家・詩人の高村光太郎との結婚で幸せな日々を過ごすも40代半ば過ぎ精神の失調をきたす。紙絵制作に打ち込むが、肺病で53歳の生涯を閉じた。

 2人が手を取り合ってよく散歩した背後の鞍石山は愛の小径や彫刻の丘、詩碑の丘、ほんとの空広場を整備した智恵子の杜公園になっていた。

 「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」

 「東京に空が無いといふ。ほんとの空が見たいといふ」

 霞ケ城公園には戊辰戦争の大義のために戦った隊長と12~17歳の少年隊士の像、わが子の出陣服に肩印を縫いつける母の像がある。見上げればみごとな石垣の上に再建の箕輪門や二階櫓、多聞櫓が桜の花に包まれて立っている。城跡近くの戒石茶屋(0243・23・1055)のそばで腹ごしらえしたあと、立ち寄った城主・丹羽氏の菩提寺の大隣寺では枝垂れ桜がみごとだった。

 駅近くの本町は商家や和菓子店、寺など城下町や宿場町の面影残す古い町並み。藩御用達の本煉羊羹の玉嶋屋(電話0243・23・2121)で、楊枝でぷちっと弾けるゴム包みに流し込んだ「玉羊羹」のみずみずしい甘みを賞味。白壁土蔵の御菓子処日夏(電話0243・22・0063)ではパリッとした皮と小豆餡がおいしい「洗心亭」に満足した。

 二本松は自然の美しさや歴史が大らかに生き続ける町である。

 

文・写真 中尾隆之

※都道府県アンテナショップサイト「風土47」より転載。文中・写真説明のリンク先は楽天トラベルの旅行情報ページです。

<交通>

  • ・JR東北本線二本松駅下車

<問合せ>

  • ・二本松観光協会(市観光課)(TEL)0243・55・5122