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小野公久「やきものガイド」

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1945年、岐阜県恵那市生まれ。1970年、朝日新聞入社。新潟、大分、佐賀の各支局と福岡社会部で記者。1985年に東京本社へ。以降、陶芸など内外の美術展の企画運営を担当。2005年7月、文化事業部企画委員で定年退職。主著は「色鍋島の美」(岩波書店)、「手紙が語る石黒宗麿の心」(富山県新湊市民文庫)、「石黒宗麿書簡集1-3」(射水市新湊博物館)。日本陶磁協会萩支部長。
朝日新聞社文化事業部企画委員として長年、陶芸など内外の美術展の企画運営を担当していた小野公久氏が、陶芸に関する基礎知識やおすすめの展示会情報などをわかりやすく紹介します。

― 陶芸豆知識 ―

その他の青磁(2)

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「青磁蛙形盂」(せいじかえるがたう、越州窯、西晋〜東晋)写真提供浦上蒼穹堂

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「青磁鉄斑文羊」(せいじてっぱんもんひつじ、越州窯、東晋)写真提供浦上蒼穹堂

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「青磁八稜形長頸瓶」(せいじはちりょうがたちょうけいへい、越州窯、晩唐、法門寺博物館蔵)1999年朝日新聞社刊「唐皇帝からの贈り物」展図録から転載

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「青磁劃花花文盤(せいじかっかかもんばん、耀州窯、北宋、個人蔵)

 後漢(25−220)から魏晋南北朝(220−589)を通じて青磁の生産は江西省中部や湖南省北部などの華南内陸部にも広がり、従来からの産地である江南も含めた地域で、蛙形盂(西晋〜東晋、長さ約9.5cm)や鉄斑文羊(東晋、長さ約14cm)をはじめ虎、犬や豚、鶏の頭などをかたどった容器、建物を模した鶏舎、豚舎などの墓に納める様々な明器が作られたようです。黄味を帯びた緑色のこれらの品々は日本では古越磁と呼ばれ、多くの陶磁器ファンに愛されてきました。黄河流域の華北でも5世紀末から6世紀初頭の北魏時代ごろから、青磁の生産が始まったようですが、窯址は未発見。6世紀以降には河北・河南・山東・安徽の各省へと生産地が拡大したようで、古越磁に比べて色調が淡く、蓮弁を貼り付け文様で表した各種の壺などが、北魏から北斉にかけての華北一帯の墓から出土しています。

 唐(618−907)から五代(907−960)には、越州窯で実用性を兼ね備えた、優れた青磁が生産されました。窯址は古越磁生産の中心地だった浙江省慈恵市の上林湖畔。8世紀半ばに陸羽が書いた『茶経』で、越州窯の茶碗は茶器の筆頭にあげられています。中でも詩人らが最高の評価を与えたのが、法門寺出土の八稜形長頸瓶(9世紀末、高さ21.5cm)に代表される秘色青磁。淡い青緑色の釉色は、陸亀蒙の詩「秘色越器」で「千峯翠色」と讃えられています。長い間、名のみ伝わって実態が不明でしたが、1987年に西安市の西110キロにある法門寺の地下宮殿から唐末873年に埋納された宝物が発掘され、同時に出土した石板に「瓷秘色」と刻まれていたことから初めて実物が確認されました。源氏物語・末摘花や宇津保物語にも「ひそく」の表現があり、名声のみ遠く日本にまで伝わったと分かります。

 西安市の北約100キロに位置する銅川市周辺の耀州窯でも、唐から明初にかけて、青磁が焼かれました。オリーブグリーンの肌に片切彫で流麗に牡丹を表現した劃花花文盤(11世紀、口径約18cm)は、ピークを迎えた北宋期の製品です。耀州窯は唐代に生産が始まり、三彩や黒釉、宋代には柿釉や河南天目とよばれる黒釉鉄斑、元代には白化粧土を掛けた地に黒色顔料で植物文などを描いた白地黒花など、様々な技法を駆使した製品を生み出しました。約800年にわたる時代ごとの盛衰や変遷は、1994年に銅川市に開館した耀州窯博物館の充実した展示で辿ることができます。兵馬俑見物のついでなどに、足を伸ばしてご覧になるのも良いでしょう。

 中国で誕生、発展した高度な青磁の生産技術は、まず9−10世紀に朝鮮半島に伝わり、高麗青磁として花開きます。越州窯の技法がベースとの見方は今日、ほぼ定説化。中国の工人が朝鮮を訪れ、直接技術を伝えたと考える研究者も少なくありません。磁器の青磁は13世紀ごろベトナムで、タイでは14世紀末に生産が始まりますが、日本へは大幅に遅い16世紀末に白磁生産の技術とともに、朝鮮半島の人々によって技法がもたらされました。従って、原始青瓷に類する灰釉陶を別にすると、日本で磁器の青磁生産が可能になるのはかなり遅れ、白磁と同じ17世紀初頭以降です。

(07/23)

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