現在位置:asahi.com >ショッピング>やきもの>小野公久「やきものガイド」> 記事

小野公久「やきものガイド」

朝日新聞社文化事業部企画委員として長年、陶芸など内外の美術展の企画運営を担当していた小野公久氏が、陶芸に関する基礎知識やおすすめの展示会情報などをわかりやすく紹介します。

ようこそ たぬき御殿へ

― 展覧会から ―

2007年04月29日

6月3日(日)まで、甲賀市信楽町の滋賀県立陶芸の森 陶芸館で開催中。問い合わせは0748―83―0909、ホームページhttp:/www.sccp.jp/

写真狸置物(信楽・古仙堂作、大正末―昭和前期)
写真土灰青磁狸置物(萩・6代三輪喜楽作、江戸後期)
写真手捻狸鈕山水文急須(四日市萬古・初代小川半助作、明治初期)
写真楽焼狸手焙(石黒宗麿作、大正末)
写真酒買狸(京都清水・今井狸庵作、昭和前期)
写真狸置物(常滑・松下福一作、大正ー昭和初期、常滑市民俗資料館蔵)

    ◇

 京都から東海道線の普通列車で東へ10分余り。JR石山駅で下車。帝産バスに乗り換えて、約1時間で信楽町。道路沿いにズラリと並んだやきもの屋の店頭から、巨大なたぬきがこちらを睨んでいます。小首をかしげ、右手に大徳利。左手には、ツケ買い用の通い帳をぶら下げた愛嬌ある姿。黄色い菅笠に、体が黒。太鼓腹だけは白塗り。どうやらこれが標準的スタイルのようです。そう思って眺めていたら、徳利は左手、通い帳が右手のタイプも。股間には、八畳敷の異名でお馴染みの大フグリがぶらり。今回展示されているやきものたぬき達の中で、大正末から昭和前期に、信楽の古仙堂こと藤原乙次郎が作った狸置物(高122cm)が、街道で出迎えてくれた大たぬきに最も似ていると感じました。この辺りが祖形では、と見当を付けてはみたものの、余り自信はありません。街中がたぬきだらけ。とにかく数が多過ぎます。

 陶芸の森主任学芸員の大槻倫子さんが「いつかたぬきの展覧会を」と、思い立ったのは3年前だそうです。「信楽のイメージとして全国的に知られているし、活かさへん手はない」が動機でした。当時、たぬきの置物はゲテ物扱い。「美術館には入れるな」の空気が支配的だったそうです。大槻さんは、じっとチャンスを待ちました。入館者数の落ち込みが問題になり始めたのを見届け、満を持して1年半ほど前の企画会議に提案。「たぬきが、展覧会になるのか」「たぬき文化展にします」。こんなやり取りの末に、無事パス。

 調べてみると、たぬきの置物は昔から各地で幾つか異なるタイプが作られており、決して信楽の専売品ではなかったと分かったそうです。萩焼の6代三輪喜楽が作った土灰青磁狸置物(高34.3cm) は江戸後期の作。明治初期に四日市萬古焼の初代小川半助が制作した手捻狸鈕(てびねりたぬきつまみ)山水文急須(高7.2cm)は、腹鼓を打つ愛らしいたぬき。この手の品は、大正から昭和にかけて、東京・浅草の今戸焼や京都の清水焼などでも作られています。江戸後期に京都の陶工2代仁阿弥(にんなみ)道八(1783―1855)が僧形の狸置物を制作していますが、これは勧進狸や文福茶釜の狸和尚など、各地の寺にゆかりの伝説に因んだ作の一種でしょう。鉄釉陶器でのちに人間国宝となる石黒宗麿(1893―1968)が、大正末に修行時代の埼玉で手掛けた楽焼狸手焙(てあぶり、高25cm)も、数珠を持つ姿などから、同類と判断できます。猟師が捕らえた実物がモデルとされるだけに、表情に鋭さがあります。

 さて徳利と帳面をぶら下げたタイプですが、通称は酒買い小僧。大阪や京都のわらべ唄「雨のしょぼしょぼ降る晩に 豆狸(まめだ)が徳利持って酒買いに」から生まれた造形との見方が有力だそうです。いつどこで誕生したかは不明。ただし帳面付けの酒買いは、元禄年間(1688―1704)に成立した慣習なので、それ以降なのは間違いなさそう。昭和前期に京都清水の今井狸庵が作った酒買狸(高30.4cm)や大正から昭和初期に常滑の松下福一が制作した狸置物(高98cm)も同じタイプ。備前や笠間、益子などでもこの手が作られたそうです。

 信楽の陶土には粘りがあり、大物たぬきの造形には最適でした。地元在住の陶芸家で古陶磁に詳しい冨増純一さんは、狸庵(りあん)と号した藤原銕造(1876―1963)が、酒買い小僧タイプの生みの親ではないかと考えています。京都・清水で大正年間に作り始め、昭和10(1935)年ごろに大物陶器を制作するため信楽に移住。現在のスタイルの基を完成したのではないかと言うのです。大フグリは民間伝承がルーツのようです。大槻さんによると、江戸期の絵入り読本である赤本や黄表紙に、八畳敷の貸間を駆け落ちした男女に提供したり、敵を包み込むたぬきが登場。八畳敷を使ったたぬきの土俵入りなどを描いた歌川国芳(1797―1861)の浮世絵も今回、展示されています。天保12(1841)年に刊行された『絵本百物語 桃山人夜話』(1997年、国書刊行会復刻)には、自らの八畳敷を雨合羽のように被って肴を買いに行く豆狸を描いた、竹原春泉斎の版画が収録されています。

 酒買い小僧タイプのたぬきが、信楽のトレードマークとして全国に認知されたいきさつははっきりしています。1951年11月15日、昭和天皇ご夫妻が訪問された折に、この置物をズラリと並べ、日の丸を持たせて歓迎。その際の御製「をさなとき あつめしからに 懐かしも 信楽焼の たぬきを見れば」で、一気に知名度が高まったのです。1966年秋にはスペインの画家ホアン・ミロ(1893―1983)が、走泥社の八木一夫(1918―79)らの案内で来訪。巨大なたぬきの置物を見上げる『芸術新潮』11月号収録の写真が、「これはなんという動物なのか。まったく独創的だ」のキャプション付で展示され、笑いを誘います。

 信楽はいま、たぬき一色。陶芸館入口でも、置物のペアがお出迎え。向かって右の一匹は右手に葉扇、左手には杖。左側は杖と徳利、通い帳持参の標準タイプ。「ようこそ たぬき御殿へ」の黄色い幟(のぼり)旗が、そこら中で風にはためいていました。5月3日から5日まではたぬきカフェも開店。13日と26日には狸茶会も。陶芸館下の産業展示館では26日午後1時半から、全国の愛好家が集まってたぬきフォーラムを開くそうです。陶磁器や絵画など、桃山から現代までの約130点を集めたこの展覧会を軸に、地域を挙げて盛り上げを狙っているようです。

このページのトップに戻る