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【村瀬信也】コンピューターの将棋プログラム「GPS将棋」と対局し、勝ったら賞金100万円を獲得できるイベントが24日、東京都渋谷区のニコニコ本社で始まった。棋士、女流棋士、奨励会員でなければ誰でも挑戦できる。取材で訪れたアマ四段の記者も体験してみた。
プロとコンピューターが戦う第2回「電王戦」が3月23日に開幕するのに合わせて企画された。同2、3、9、10日にも行われる。
GPS将棋は昨年5月の世界コンピュータ将棋選手権で優勝。3月23日に始まる電王戦では三浦弘行八段と対戦する。
本番では約670台のマシンをつないで臨むが、この日はノートパソコン1台。強さが670分の1になるわけではなく、自信はほとんどないが、場合によっては好勝負に持ち込めるのではないか――。大学生の時に将棋部の主将も務めた記者は、そんなほのかな期待を胸に抱いて会場の外にできた列に加わった。開始の30分ほど前だったが、受け付け順は8番目だった。
会場は建物の2階の部屋に設置されたスペース。畳が敷かれ、その上のテーブルに置かれたノートパソコンと向き合って戦う。対局の模様は動画サービス「ニコニコ生放送」で中継される。普段、人を相手に指すのとはだいぶ違った趣だ。
午前11時にイベント開始。まず、1人目が挑んだ。相居飛車の力戦形に進んだが、相手の動きを的確にとがめたGPS将棋が勝った。直線的な読みを必要とする「斬り合い」に持ち込んでしまうと、人間側の分が悪そうだと改めて感じた。
2人目と3人目も敗れ、4人目に登場したのがネット中継記者の松本博文さん。東京大将棋部OBの強豪だ。入念に「予習」をしており、GPS将棋との事前の対戦では「10勝20敗ぐらい」だったという。そして、「この局面ではこう指してくる」という想定の通りの局面が実際に現れた。
GPS将棋が△5八角と打ち込んだ図がその局面。ここで先手が▲3八角と打ち、角金交換になった。その後、相手は猛攻を仕掛けてくるが、それをしのげば駒得が生きるというのが松本さんの作戦だった。
だが、数手後、「これで受けきれる」と読んで指そうと思った手が成立しないことに松本さんは気づいた。予定変更で別の手を指したが、相手の攻めはなかなか途切れない。
言葉が通じない相手がコンピューターとあって、松本さんは自ら読み筋などを披露しながら指し進める。そうする義務はないのだが、視聴者に配慮したサービスだ。だが、形勢はなかなか好転しない。途中、松本さんが相手玉に迫る場面もあったが、好機を逃してしまう。最後は即詰みに討ち取られた。人間の作戦通りに進んだだけに、惜しい一局だった。
その後、5人目、6人目も挑戦失敗。7人目の方が出場を取りやめたため、ついに記者の出番が回ってきた。
開始早々、誤算が生じた。これまでの対局の傾向からGPS将棋は居飛車を選んでくると思っていたが、四間飛車にされたのだ。相居飛車のじっくりした将棋を想定していただけに、早くも想定していない戦いになってしまった。
「天守閣美濃」と呼ばれる囲いを築いて駒組みを進めたが、注意力が足りず、相手の攻撃態勢に対する準備が遅れた。しばらく考えていたが、いずれも自信が持てない。危険だと知りつつ、より堅陣の構築を目指す手を選んだが、やはり不安が的中し、形勢を損ねてしまった。
今にして思えば、自陣に隙を作らないように辛抱する手の方を選ぶべきだったと感じる。対局前は「短気を起こさないように」と自分に言い聞かせて臨んだのだが……。
優勢になった後のGPS将棋の指し手は的確で、記者の玉の囲いは徐々に弱体化していく。最後は首を差し出す形になり、鮮やかに詰まされて投了となった。「100万円」というプレッシャーのかかる場面が全くないお粗末な敗戦だった。
このイベントに実際に出場してみて気づいたのは、普通の対局との様々な違いだ。
まず、対コンピューターの戦術を入念に練る必要性を痛感した。コンピューターは「相手の意表をつく」という考えがないので、事前に準備をしておけば序盤の進行はある程度予想できる。松本さんのように、初めにリードを奪うための作戦を研究しておくのは不可欠だろう。
しかし、それ以上に実感したのは、ネットで生中継されているというプレッシャーだ。当然のことながら、アマチュアの記者はそんな環境で将棋を指したことがない。言い訳がましくて恐縮だが、「どんな風に見られているだろうか」といった雑念で集中力を欠いていた面もあったように思う。
それを思うと、日々真剣勝負を繰り返す棋士の世界の厳しさは計り知れない。特に映像付きのネット中継では、衆人環視の元で将棋の強さだけでなく「人間」そのものもさらけ出される。敗者にとっては、観衆の視線が突き刺すように感じられる。今、記者の筆は非常に重いが、ファンサービスのために自らの敗局をブログで振り返る棋士は本当に偉いと思う。プロと比較するのはおこがましいが、素人なりにそんなことに気づかされた挑戦だった。
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朝日新聞将棋取材班
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