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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第4局 >
先手 ▲ 遠藤正樹 アマ   対   後手 △ 遠山雄亮 四段

遠藤アマ、穴熊で快勝

対局日:2007年07月07日

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■遠山流

 「遠藤さんの穴熊術、距離感に翻弄(ほんろう)されました。手の上で踊らされていたような感じです」。対局が終わり大盤解説場に現れた遠山四段は、悪びれるそぶりも見せずに快活に語った。

 1年前に前身の朝日オープンで加藤幸男アマと指した将棋は、遠山がゴキゲン中飛車から新機軸を打ち出したため一躍脚光を浴びることになった。その指し方はタイトル戦でも採用され、「遠山流」は確実に棋界にくさびを打ち込んだ。しかし第1号局として紹介されるのは、皮肉にも遠山の対アマ敗戦譜でもある。称賛とその逆に位置するもの。相反するものがシーソーのように、ギッタンバッタンと上がっては下がり、そして永続的に繰り返される。

 遠藤アマの先手で始まった本局は、遠山が向かい飛車穴熊に構え、遠藤アマも穴熊を目指す形となった。遠藤アマはこれまで公式戦で9局プロと戦い、4勝5敗の成績を挙げている。そのうち8局は、居飛車・振り飛車対抗形での穴熊。穴熊は遠藤アマいわく「自分の力を出せる形」。その言葉からは、気負いも虚勢も感じられない。

 第1図(30手目)は▲9八香と穴熊の意思表示をした遠藤アマに対し、遠山が△7二飛と7筋からの先攻策を見せたところ。狙いは△7五歩▲同歩△6四銀だが、いざ▲9九玉と引かれてみると悩ましい。△7五歩▲同歩△6四銀には、▲2四歩△同歩▲7四歩くらいでも成果が上がらないのだ。△7二飛と回ったのに仕掛けられない。これでは後手の作戦が成功したとはいえない。

 遠山は▲9九玉に△5二金と自陣を整備したものの、▲6八銀引(第2図・33手目)で更に困った。ここでの△7五歩▲同歩△6四銀は、▲2四歩△同歩▲6五歩△7七角成に▲同銀と形良く取られてしまう。早く▲8八銀としたい局面での▲6八銀引は、遠藤アマの巧みな穴熊術を示す一手といえる。実戦は△4四歩と仕掛けを見送ったが、これでは明らかに作戦負け。△7二飛と回った形が大したことないのが遠山の誤算だった。が、第3図(36手目)の△8四歩で底力を見せた。

 穴熊の弱点である8三の地点を空けることになるものの、それよりも攻め味を作ることに重きを置いた。相穴熊では攻め合いの(王手のかかる)形を作るのが重要という判断だ。この手を指した遠山は慌て気味に席を立った。チェスクロックが示す遠山の残り時間は5分ほど。遠藤アマは一瞬だけ遠山の背中を追ったが、すぐに盤上に視線を戻した。次の一手▲8八銀を指したのは、遠山が席に戻ってきてからだった。

 遠山が先の△8四歩を生かして8筋を突き捨てた第4図(51手目・▲8六同歩)。ここは△7九角成▲同銀△7六銀打と強襲をかけるチャンスだった。これなら後手が一方的に攻める展開になり、あくまで実戦的にではあるが、作戦負けが影響しない流れを作ることができた。

 この順を逃した遠山は局後「そうか…穴熊向いてないな」とぼやき、遠藤アマは「とにかく早く▲2四飛と切りたかった」と振り返った。このあたりの嗅覚(きゅうかく)は穴熊を指してきた時間と自信の差が、そのまま局面の判断につながったのかもしれない。本局の穴熊に関しては、はっきり遠藤アマが上だった。

 解説の木村一基八段が感心したのが第5図(55手目)の▲5七角。実戦は以下△5五歩▲2四飛△同歩▲3一角(第6図)と進み、▲5七角が幅を利かせる格好となった。▲3一角に△5一飛なら▲5四歩がピッタリで、以下△3一飛は▲5三歩成、△5四同金には▲7五角上がある。

 第7図(72手目・△8五歩)は遠山が反撃に出たところ。次に△8六歩と取り込めれば後手有望だが、ここからの3手は観戦したプロ棋士たちをうならせるに十分だった。

 ▲7五角△同飛▲7八銀打(第8図・75手目)。接近戦では角より金銀の価値が高くなる。大駒は近づけて受けよ。それは理屈としてわかるが、続く▲7八銀打は何とも形容しがたい。ただ言えるのは、本局が遠藤アマの将棋だったということ。以下は遠藤アマの受けきり勝ち。終了図からは簡単な詰みだ。

 感想を求められて遠藤アマは「穴熊になったので自分の力を出せるかなと思いました」。控室では、ある高段棋士が「遠藤さんのように、プロの力を認めて全力でぶつかってくるタイプは指しにくいんだよな」と嘆息まじりに漏らしていた。

 終局後、両雄はファンが待つ大盤解説場に向かった。壇上に登った遠山は、おそらくそうするのが最も良いと判断したのだろう、自ら大盤の駒を動かして進行の手助けをした。控室に戻っても、奨励会入会が同期の伊藤真吾四段に対し「どうも年が上の順に負けたみたいだね。あ、そうか長老がいましたか」とおどけてみせた。傍らには苦笑する瀬川四段の姿があった。

 軽い打ち上げが終わり、筆者が駅のホームを下りていくと、20メートルほど先に伊藤が立っていた。声を掛けようと思い近づいたが、半分まで来たところで、やっぱりやめることにした。向こうが気付いていないのだから、わざわざ話しかける必要はない。

 ふと振り返ると、エスカレーターを下りてくる遠山の姿が目に入る。こちらに、そして奥の伊藤に気付かなかったのか気付かないふりなのか、きびすを返して反対側に歩き出した。その距離は10メートルと10メートル。2人を順に眺めながら、なぜだか彼らが本当にプロ棋士になったことを実感できた。

(後藤元気)
(2007年12月26日 更新)

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