現在位置:asahi.com>将棋>朝日杯将棋オープン戦> 記事

< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第5局 >
先手 ▲ 山田敦幹 アマ   対   後手 △ 伊藤真吾 四段

山田アマが初戦突破

対局日:2007年07月07日

棋譜再生 別ウインドウで開きます | 使い方

棋譜

棋譜

棋譜

棋譜

棋譜

棋譜

棋譜

 伊藤真吾四段は4月にプロデビューしたばかりの25歳。三段リーグ次点2回でフリークラスへ編入した。この制度で四段になったのは伊奈祐介五段に続いて2人目だ。おとなしそうな外見で、棋士仲間からもまじめという評価。奨励会時代は東京・将棋会館の控室で検討している姿が頻繁に見られた。4年制大学を卒業している学士棋士でもある。デビューから3戦3勝と順調なスタートを切っている。

 山田敦幹アマは30代後半の地方公務員。プロでいえば羽生世代というところで、選手としての棋歴は輝かしい。朝日アマ将棋名人戦では4連覇を成し遂げ、アマ名人も2回、アマ王将戦でも1回優勝している。アマプロ戦では4勝を挙げ、特に朝日アマ名人として出場した2000年の全日本プロトーナメントで中尾四段、大内九段、屋敷九段の3人を破ったのは記憶に新しい。今回は朝日アマ名人戦ベスト8での出場。アマ側の大将格といった存在だ。

■序盤はプロがリード

 先手は山田アマ。3分ほど考えた末の初手は▲2六歩だった。山田アマは三間飛車党で振り飛車穴熊の印象が特に強い。伊藤が振り飛車党なので「相振り飛車を避けました」と山田アマ。入念な準備をうかがわせた。しかし序盤でリードを奪ったのは伊藤だった。

 最近の若手プロらしく定跡形に明るい伊藤に「ゴキゲン中飛車模様にされたくなかった」という山田アマ。しかし△4二銀から△2二飛(第1図・12手目)まで、伊藤に十分な形に組まれてしまった。形勢は互角でも、このような定跡形はいわばプロの土俵。勤勉な伊藤のもっとも得意とするところだ。焦りからか山田アマに少考が続き、もともと短い40分の持ち時間がみるみる減っていった。

■早くも秒読みへ

 伊藤が自然に動き、第2図(31手目)は山田アマが▲2四歩と突いた局面。ここで早くも山田アマは持ち時間を使い切り1分将棋に突入した。秒読みの声は同じ部屋で行われているほかの対局者にも聞こえる。手洗いに立つほかの対局者が時折本局の脇を通り局面に目をやっていた。「ここでは自信があった」と伊藤。△2四同銀と応じた手つきにも余裕が感じられた。持ち時間も30分ほど残っていた。ただ次の▲7七角に対する△5五角では△3八飛成▲同銀△5五歩と軽く指す順がまさったと局後の伊藤。▲5五同角には△3五飛の両取りがある。

■開かない差

 第3図(44手目)は▲3七桂に△3六歩と打った局面。以下▲4五桂△7七角成▲同桂△3七歩成と進んで大きなと金ができた。直線で切り込む伊藤。しかし先手の右桂が跳ね出せたことと、後手の2枚の金銀が遊んでいることで実際はそれほど差が開いてはいなかった。

 伊藤が△5八歩と垂らした第4図(58手目)。この歩成りは受からない。先手玉に近いだけに破壊力は十分で、伊藤もこれでよしとの読み筋だった。だが▲3一飛と打たれて難しいので驚いたという。6一の金を受けると▲3九歩と遮断されてしまう。△5九歩成▲6一馬と攻め合いに進むのは必然だが、先手玉は抵抗力がある。局後の検討でも明快な順が見つからず、「大局観が悪かったのかな」と伊藤は首をひねった。

■ついに逆転

 進んで第5図(72手目)は伊藤が△2五角と打った局面。ここで伊藤は大きく天を仰いだ。攻防手だが、ここではすでに難しくなっている。以下▲4一龍△2六角▲6三成桂△6一金と進んだ。△6一金は秒読みの中で指された手。△2六の角が動いたときの▲7一龍以下の詰み筋を消した意味だが、「これでは負けです」と伊藤。歩があれば△6一歩と打てたところだけにつらい。

 山田アマは終盤に定評がある。鋭い寄せを見せる一方で長引くことも苦にしない。本局は苦しい分かれからずっと秒読みが続いたが、乱れたところがなかった。第6図(84手目)の△1七角成に▲4四香がトドメだった。馬の利きを消してしまえば後手玉は粘れない。最後は即詰みに討ち取り、山田アマが堂々の勝ち名乗りを上げた。

 終局後、両対局者はすぐに多くのお客さんの待つ大盤解説場に移動した。解説の木村一基八段に感想を尋ねられた伊藤は「負けてしまったので足が震えて何も思いつきません」とおどけて見せた。そのあと「ずっと指しやすいと思っていたのですが、考えているうちに難しいことに気づいて…」と悔しさをにじませた。

 山田アマは「アマプロ戦は最近6連敗だったので、一つ勝ってホッとしました」と笑顔を見せた。

(水沢桂介)
(2007年12月26日 更新)

このページのトップに戻る