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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第9局 >
本戦1回戦 先手 ▲ 丸山忠久 九段   対  後手 △ 鈴木大介 八段

丸山が1回戦突破

対局日:2007年12月17日

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棋譜

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■和やかムード

 12月17日の朝。特別対局室は普段の緊張感とは違う、何か和やかなムードに包まれていた。ことの発端は丸山。隣でも朝日杯本戦の渡辺明竜王―杉本昌隆七段戦が行われたのだが、その渡辺竜王に「上のカメラ、位置は大丈夫ですか? ちょっと盤と盤が近いような」と声を掛けた。渡辺はまず丸山を見て、次に杉本七段、そして鈴木を見てからニヤリとし、「盤側でネット中継するので、カメラの位置はあまり気にしなくてもいいと思いますよ」。昔に比べ最近は対局室で開始前に会話をかわすことが少なくなっているのだが、数日前に竜王4連覇を成し遂げた渡辺からにじみ出る雰囲気が丸山にそう言わせたのだろう。渡辺の言葉を受けて丸山と鈴木は軽くほほ笑み、向かい合ったまま盤を少しだけ移動させた。

 両者の過去の対戦成績は丸山6勝、鈴木8勝。大きなところでは平成11年の第12期竜王戦挑戦者決定三番勝負でぶつかり、鈴木が2勝1敗1千日手の激闘を制している。ここ4戦は先手番を握ったほうが負けているというデータもある。振り駒の結果、丸山の先手番に決まった。丸山は開始直前、手元のコップにヒビが入っているのに気付き、取り換えてもらった。縁起はあまり良くないが、さっきまでの和やかなムードを切り替えるにはちょうど良かったかもしれない。

■カッコイイ妙手

 朝日杯はチェスクロック使用40分、切れたら1手1分の秒読み。序盤で時間を使っていられないため、用意してきた作戦を淡々と遂行することになる。鈴木はゴキゲン中飛車、丸山は自身の名が冠された丸山ワクチンで対抗した。

 さて第1図。ここで▲8八玉と上がるのは△4二角〜△9二香〜△9一飛と端を狙われて先手不利になる。敵陣を射抜く△4二角の自陣角は獲物を狙うスナイパーのようで、ほれぼれするような名手。それもそのはず、この手は棋界のプリンスとうたわれた真部九段が生涯最後の将棋で指そうとした手なのだ。真部九段は▲8八玉の局面で体調不良のため対局続行不可能と判断して投了したのだが、「△4二角で勝ち」と漏らしていたという。こういう言い方は語弊があるかもしれないが、「カッコイイ真部九段のカッコイイ妙手」として後世に伝わってほしいと思う。丸山はカッコイイ妙手に敬意を表したのだろう、第1図から▲8六歩として端攻めに備えた。

■先手ペース

 第2図は先手5六、後手6四へ角を打ち合った直後の局面。鈴木はこの打ち合いは得と判断し、そしてそれは正しかった。局後に鈴木が示したのは、第2図以下△8六角▲2三角成△同金▲同飛成△9二香▲2二竜△3一角▲3二竜△9一飛(参考A図)の順。2筋は突破されるものの、飛車、角、香で9筋をにらむ迫力は相当なもの。この構想は真部九段の△4二角と通じるものがあり、これなら後手十分だったようだ。本譜は△2一飛に▲8七銀と玉頭を固められ、逆に先手にペースを握られてしまった。

 第3図は、玉頭攻めを見せられた鈴木が「やれるものならやってみろ」と催促したところ。本譜は気合が通って▲4七角だったが、ここで▲8三角成とすればはっきり丸山優勢だった。以下△8三同玉は▲8五歩△7四玉▲5四銀△4二角▲8六銀で「これはさすがに生きていない」(鈴木)。

 ▲8三角成に△同金も▲7四歩△同金▲6三銀△4一角▲7四銀成△同角▲7五銀△2九角成▲7四歩△6三桂▲7六金で、「次は▲6八飛から合体合体で勝てるわけないか」(鈴木)。丸山も▲8三角成のほうが良かったと認めた。▲4七角と逃げてからは再び鈴木ペースで局面が進んでいく。

■感覚に殉ずる

 丸山が飛車切りから殺到した第4図。猛攻はしているのだが、悠長なことをしていると二枚飛車が間に合ってくるため、むしろ先手忙しい局面といえる。ここでの次の一手が明暗を分けた。「△4二角はまずかった。後で▲5三銀から角を取られたときに、4二なら手順に金を寄せられるので…。しかし判断ミスでしたか」と鈴木。たしかに角を取らせて金を玉に近付ける感覚は実戦派の鈴木らしい駒繰り。こういった経験に裏打ちされた指し手が間違っていることは少なく、特に鈴木は皮膚感覚を大事にするタイプゆえ「何度でも△4二角と引いちゃうなぁ」というボヤキも全くの冗談には聞こえなかった。感覚に基づく指し手が棋士の個性であり、その積み重ねが現在の鈴木将棋を魅力的なものにしている。感覚に殉ずること。将棋の解が導き出されていない現状において、それは欠点ではなく棋士の、そして将棋界全体の財産ではないだろうか。

 実戦は第4図から△4二角▲8三銀△7一玉▲6六桂と進んで鈴木は困った。次の▲5四桂が、さっき引いた4二角に当たってしまうのだ。本譜は△6三銀と逃げるよりなく、幸便に▲8五桂と跳ねられてしまった。第4図での正着は当たりを避ける△4四角。これなら角が目標にならず、鈴木が優位を維持できた。

 丸山は冷静だった。▲4五桂と打った時、△4四角と上に逃げられれば自分が苦しいのはわかっていた。局後の検討では△4四角以下、▲8三銀△7一玉▲6六桂△7五歩▲5四桂△8六歩▲8二銀打△6一玉▲7三銀成△8七歩成▲同金△5二玉▲4二歩△同金▲3三歩△2一銀(参考B図)で、後手勝ちと両者は結論付けた。▲6六桂に手抜きで△7五歩と出来るのが、△4二角と△4四角の違いとなる。

 そこから先は丸山の正確無比な指し手を見るばかり。3枚の桂を巧みに操っての寄せは、受けの強い鈴木に粘る余地を与えなかった。

(後藤元気)
(2008年01月17日 更新)

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