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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第11局 >
本戦1回戦 先手 ▲ 杉本昌隆 七段   対  後手 △ 渡辺明 竜王

B級1組同期の対戦

対局日:2007年12月17日

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 昨年の順位戦で一緒にB級1組へ昇級した渡辺明竜王と杉本昌隆七段が朝日杯の1回戦で対戦した。

 昔からB級1組は「鬼のすみか」と言われ、B級2組から上がってきた棋士が厳しい洗礼を受けることで知られているが、両者もその例外ではなかった。本局が行われるまで3勝5敗と苦戦。杉本はB級1組の印象を「総当たりなので偶然や運のない真の実力が試されるクラス。少しでも自分の調子が悪いとたたき落とされる厳しいところ」と語る。

 渡辺は本局の直前に竜王戦4連覇を達成した。本年度の前半は不調にあえいでいたが、最近出した自著では原因を冷静に分析。その成果が出たか、10月から本局まで7勝3敗と成績は上向いている。

 その渡辺だが、朝日杯の前身である朝日オープン選手権では3年連続ベスト16止まり。テレビ棋戦の銀河戦で2度優勝しており、短時間の将棋が苦手というわけではない。相性があるのだろうか。

 杉本は現役でただ一人、名古屋に在住する棋士だ。師匠である故・板谷進九段の遺志を受け継ぎ、中京地区の普及や後進の育成に力を入れている。室田伊緒女流1級らを弟子に持ち、東海研修会の幹事を務めている。月に1、2回は弟子と指すという。時間がないときはネットを利用することもある。

 杉本は第20回朝日オープンで準優勝の実績がある。本棋戦は一次予選から出場し、5連勝で本戦まで勝ち上がってきた。

 両者の過去の対戦は1局のみ。相穴熊の将棋を渡辺が制している。

■意表の作戦

 杉本は緻密(ちみつ)な研究に裏打ちされた四間飛車党。しかし、本局では意表を突いた作戦を見せた。

 対局が開始されると、杉本はすぐに席を立った。十数秒で戻り、初手▲5六歩を着手する。そして▲8八飛(7手目)と回り、向かい飛車に構えた(第1図)。公式戦での採用は少ないが、研究会では経験の多い形だという。席を立ったのは、感情の高ぶりを鎮めるためだったか。

 渡辺は少し前の順位戦で鈴木大介八段にこの向かい飛車を指され、敗戦を喫したばかり。苦い思いのある戦型になったが、ポーカーフェースで指していく。「無難に駒組みを進めていた」と言うが…。

■機敏な仕掛け

 後手が銀冠へ組み替える瞬間を狙った▲2五歩(35手目)が機敏な仕掛けだった(第2図)。△同歩は▲同桂△2四角▲4五歩で、先手角の直射が厳しく後手は受けにくい。渡辺は△3二金▲2四歩△同角と進めたが、これでは、先手に2筋の位を取られてしまうため作戦失敗だ。その後、7筋を中心に小競り合いが続いて迎えた第3図(58手目)。

■手順前後

 第3図では「▲4四歩△同金▲2五歩△3三角▲4五歩△4三金引とすれば、2筋と4筋に位ができるので先手十分」と杉本は振り返る。しかし、本譜は先に▲2五歩と打ったため、△3三角に▲4四歩と取ると△同角が先手の銀頭を狙う絶好の位置となってしまう。

 そこで実戦は△3三角に▲7九飛と手を渡し、△4五歩▲同桂△4四角▲3七銀△3三桂打と進んだ。やはり△4四角が好位置だ。「△3三桂打で厚みを取り返す展開になり、盛り返したと思った」と渡辺は言う。杉本の手順前後を的確にとがめ、形勢は難しくなった。

■判断を誤る

 第4図の▲5六金(75手目)の局面が最大の勝負どころだった。渡辺の△7七歩成(76手目)が緩手で、△4六桂と打つべきだった。▲4八金ならそこで△7七歩成とすれば、くさびの入った先手は陣形が悪く指し切れない。

 渡辺は△4六桂に▲同銀△同歩▲4五歩を気にしていたが、それは△同桂▲同金△2六歩で後手が良かった。さらなる検討の結果、△4六桂には▲同銀△同歩▲同金△6五銀打▲5六桂△6六銀▲4四桂と角を取り合う進行が最善とされたが、これなら後手も十分戦えた。

 渡辺は感想戦で△4五同桂に気付き、勝負どころで判断を誤ったことを悔やんだ。「△7七歩成は狙いがない」、「△4五同桂は当然の一手」と嘆く。本譜は▲4六歩から4筋の位を取り返した杉本が優位に立った。

■カウンターパンチ

 渡辺がと金をただで捨てるなど、必死に手を作った第5図。△7七銀(92手目)で飛角両取りが決まったかに見えたが、▲2四歩△同銀▲5七角が杉本の用意していた気持ちのいいカウンターパンチ。△6八銀不成▲2四角と駒を取り合ってみると、駒の損得こそないものの後手の銀が2枚とも泣いている。杉本が優位を拡大した。

■攻防の決め手

 △6七竜に第6図の▲4七桂(103手目)が冷静な受け。第6図を最後のチャンスと見ていた渡辺は感想戦で、△5六竜、△2九飛などを調べたが、いずれも後手に勝ちは出なかった。どの変化でも▲2五銀と桂馬を取る手が攻防になる。

 本譜もやはり▲2五銀(109手目)が決め手になった。後手の攻めの拠点を取り払った手が詰めろになるからたまらない。杉本もこのあたりで勝ちを意識したようだ。

 最後は▲3三角成と序盤から後手陣をかき乱した角がもう一働きして、後手玉が詰み筋に入った。

 渡辺は対局中、事あるたびに首を横にひねったり、振ったりしていた。作戦失敗の序盤戦から自分の指し手にしっくり来ないものを感じていたのだろう。

 筆者は杉本が席を立つとき、足を引きずるようにしていることに気付いた。後で尋ねてみると、数カ月前からひざを痛めてしまい、本局の直前まで入院していたという。現在は手術をして状態は良くなり、リハビリ中とのこと。長時間の正座ができないほかは将棋に影響がないのは不幸中の幸いというべきか。

 本局の数日後、B級1組順位戦10回戦が行われ、ともに白星を挙げた。続く11回戦で両者が再び対戦し、渡辺が本局の雪辱を果たした。

(君島俊介)
(2008年01月30日 更新)

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