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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第15局 >
本戦1回戦 先手 ▲ 森内俊之 名人   対  後手 △ 阿部隆 八段

森内名人登場

対局日:2008年01月13日

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■相性の悪さ

 本局が指された1月13日は前日の雨が上がったものの、低い雲が空を覆い、風が強く、寒い朝だった。この日は研修会があり、子どもが大広間にズラリ。元気よく将棋を指していた。

 本局は阿部が上京し、東京・将棋会館での対局となった。森内が9時52分ごろ、特別対局室に入る。続いて、阿部も9時55分に入室。部屋の空気が変わり、緊張感で満たされた。

 阿部はこの対局の1週間ほど前に、第一子が誕生した。ネットの日記でその喜びが綴られている。

 そんな阿部だが、森内に対して非常に相性が悪い。これまで6戦して、全敗の憂き目に遭っている。

 相性が悪いといえば、森内は朝日杯の前身棋戦である朝日オープン選手権で3年連続初戦敗退となっている。どちらが、相性の悪さを克服できるか。

■1手損角換わりに

 振り駒の結果、森内の先手になった。阿部は昨年9月から本局を含めてまで17局中13局が後手番と極端に偏っている。オールラウンドプレーヤーの阿部が本局で用意した作戦は4手目の△9四歩から△8八角成とする1手損角換わりだった。阿部は昨年12月にこの戦型を先後ともに1局ずつ経験している。

 ▲9六歩(第1図・9手目)が細心の一手だ。後手が飛車を振る展開(佐藤康光二冠が多用して注目されている形)になると、持久戦から手詰まりになりやすい。そのときに9筋の位を保っているのが大きいという。

 阿部が△1四歩(14手目)と1筋を受けたのを見て、森内は銀をスルスルと4六に進出させる。「早繰り銀」と呼ばれる戦法だ。1筋の突き合いが将来、△1五角と打たれる筋を防いでいる。

■新手

 第2図の△4五銀(28手目)は第33期棋王戦第1局の▲佐藤康光棋聖―森内棋王戦(肩書きは当時)で指されたのと同じ局面だ。対局者の森内が本局で逆を持っているのが面白い。

 △4五銀は9筋の突き合いがあるから可能な手。以下▲6三角△6四角に▲1八飛なら△5四銀▲8五角成△8四歩▲7五馬△同角▲同歩△2七角で後手が良い。9筋の突き合いがあるため、▲9六角成と遠くまで逃げられないのだ。

 ▲5五歩(31手目)に阿部は缶コーヒーを飲み干してから△5五同角と取った。棋王戦では△5四銀▲8五角成△8四歩▲7五馬△同角▲同歩△6三銀と進んだ。

 △5五同角には▲5八飛も有力だった。以下△5四銀▲5五飛△同銀▲1八角成と進み難解だが、森内はあまり気乗りしない様子。△5五同角に▲3七歩が予定の一着だ。あくまで▲2四歩からの銀交換を狙いにしている。

■先手ペースに

 阿部は△3六歩と飛車のコビンを攻め、局面を動かしていく。このあたり、序盤戦から中盤戦に移る難所で、互いに時間を使って指している。阿部は△4四銀(46手目)から早くも1分将棋。秒読みの声が対局室の緊張を高めていく。

 そんな中で指された、△3三歩(第3図・48手目)が問題の一着。ここは△3四歩と打つべきで、▲同銀は△3三歩、▲4四銀は△同歩。いずれも後手が有利だ。△3四歩に先手は▲2六銀と引いて、▲3七銀の立て直しを図るしかないが、これなら本譜よりも後手が得だ。「こう(△3四歩と)やる一手でしたね」と阿部は反省した。

 本譜は先手の銀が3五で頑張っているため、△5五銀左(50手目)とぶつけても迫力がなく、その間に先手は玉を安定させた。

■大失着

 第4図。ここでは先手がリードしている。しかし、次の▲2四歩(57手目)が「筋」に見えて、実は大失着。その理由は本譜の進行が教えてくれる。▲2四歩以下△同歩▲7六馬△5四金打▲5六歩△同銀▲同飛△1九角成▲2六飛△2五香(第5図)。突き捨てを入れたのが早過ぎたために、2四歩が飛車を押さえ込むための土台になってしまったのだ。

 森内は泣く泣く▲4六飛と逃げたが、これでは先手の駒がさばけない。形勢が一気に傾いた。

 戻って、第4図では単に▲7六馬として、本譜のように進めていれば先手が良かった。森内は局後、「▲2四歩の突き捨ては論外でした」と自分を責めた。

■着実に寄せる

 優勢になった阿部はカラの缶コーヒーに何度も口をつける。集中力が極限に達し、中身がカラになっていることに気付かなかったか。

 △4七馬▲5七金(第6図)に△6九馬▲同玉△3九飛が厳しい攻め。歩があれば▲5九歩でよいのだが、「歩のない将棋は負け将棋」の典型になっている。▲5九金の合駒を△4八銀とすぐに狙われてはつらい。以下▲6八銀△5九銀不成▲同銀に△7九金(88手目)から△7八金打と挟撃形を作り、着実に寄せていく。

 劣勢の森内はしぶとく粘るが、第7図の△5五銀が決め手になった。△5五銀のところ、△7三同桂▲6三金に△5五銀だと、▲5六金で上部脱出の恐れがある。飛車が6筋に利いている瞬間の△5五銀が急所だ。▲3五金と受けさせてから△7三桂と取り払って、大勢は決した。

 森内は▲7五馬と指した後、前傾姿勢の体を起こし、目を閉じ、眉間を左手で押さえた。本局を振り返っていたのだろう。対局者が投了を告げるときには、心の整理がある程度ついているものだ。阿部は森内の様子に気付いていないようで、一心不乱に盤上を見つめて△2三桂と打ちつけた。

 数手指され、阿部の△7四歩が最後の決め手だ(終了図)。後手に斜め駒(角や銀)が入ると、2七に打って先手玉が詰んでしまうが、斜め駒が3枚も当たっていては指しようがない。

 森内はお茶を飲み、局面を確認した後、ハッキリした声で「負けました」と投了を告げた。のどを潤したのは、声がかすれないようにするためのたしなみである。

 阿部は対森内戦初勝利を挙げ、2回戦進出を果たした。

 感想戦が終わった後、筆者が中華料理店で昼食をとっていると、森内と阿部が店に入ってきた。食事をとりながら子どもの話で盛り上がったようで、二人とも対局中の厳しい表情はなく、子煩悩な父親の表情を見せていた。

(君島俊介)
(2008年02月28日 更新)

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