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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第18局 >
本戦2回戦 先手 ▲ 羽生善治 二冠   対  後手 △ 佐藤和俊 五段

羽生と対戦、活躍の証し

対局日:2008年01月07日

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 早めに将棋会館に着いた佐藤は、本局の前に行われた▲木村八段―△羽生二冠戦の感想戦を熱心に見守っていた。木村は佐藤の師匠である加瀬純一六段の教室に長年指導に来ていた。木村は佐藤が奨励会級位者だった頃を知っているし、佐藤は木村が三段リーグを抜けられずに苦悩する姿を見ている。17歳で三段リーグに入った木村だったが、卒業は23歳。佐藤も17歳で三段リーグ入りしたものの、卒業は年齢制限ギリギリの25歳。二人は三段リーグ、公式戦で一度ずつ対戦し、結果は木村が2連勝。この朝日杯は佐藤にとって恩と借りを返す絶好の舞台だった。だが佐藤と対峙(たいじ)したのは羽生善治二冠。言うまでもなく棋界の第一人者だ。

■開戦

 羽生と当たることは活躍の証。棋士間ではあいさつがてら次の対局を尋ねることがあるが、「羽生さん」と答える若手棋士はいつでも誇らしげな表情をしている。

 羽生と佐藤の過去の対戦は羽生の1勝0敗。後手番となった佐藤はゴキゲン中飛車を選択し、羽生は早め角交換の丸山ワクチンを採用した。第1図の羽生の主張は8筋の位で、後手玉を上部から圧迫する狙いがある。佐藤の工夫は7一銀・6一金型のまま保留している点。形を決めずに進めることで作戦の幅を広がり、展開によっては△9二香からの穴熊もある。▲8五歩の形に対し美濃囲いにすると、銀冠への組み替えが見込めず面白くないという思想だ。

 かくして第1図から△7二金▲8八玉△2五桂(第2図)と進み決戦となった。△7二金は「何もしないと△9二香から穴熊に組みますよ」と問う手。対する▲8八玉は「どうぞお好きに」。△2五桂は「玉を上がると8六の空間が怖いですよね」。タダ捨ての桂。この戦型の常套(じょうとう)手段だ。これに対しおとなしくしていては△2四歩〜△9二香と好き勝手にやられてしまう。▲8八玉は羽生の誘いのすきだったのか、それとも佐藤が機敏に動いたのか。本譜の進展を限り、どうやら後者だったようだ。

■佐藤ペース

 第2図から▲1五歩△同歩▲2五飛△2四歩▲6五飛△5五銀▲で第3図。1筋の突き捨ては飛車をさばきやすくする潤滑油。第3図のように進んだあと▲1五香と活用する手が残る。こうしてあっちこっちに火の手が上がるよう局面を複雑化、安易に形を決めないことで相手を惑わせるテクニックは強者の特権。力が無ければ自滅してしまうだろう。

 第3図となり、2筋にいた飛車が6筋に追いやられている。5五銀のプレッシャーも強く非常に不安定な格好だ。羽生はこの局面で考え込んでいる。涼しげに盤面を眺めていたかと思うと、次の瞬間には顔をゆがめて8六の地点をにらみつける。そしてため息交じりに「そうかぁ」。このつぶやきは佐藤を勇気付けるのか、それとも不安にさせるのか。羽生の指し手は、8六のキズをカバーしつつ△6四歩▲7五飛△7四歩の筋を消す▲8六桂だった。素人目には一石二鳥の好手なのだが、「この手はモッタリしてるんですよね。打ちたいところではあるんだけど、味消しの面がある」。羽生が感想戦で示した代案は▲1五香。以下△同香▲5六歩△6四歩▲7五飛△7四歩▲同飛△7三香▲同飛成△同桂▲5五歩△7五歩▲8七銀打(参考図)で、形勢は難解。佐藤は自信なさげだったが、羽生も角桂香の持ち駒で攻めが続くかどうか不安だったようだ。

 実戦は▲8六桂に△6二銀。この銀上がりが玉を広くする絶好の一手となり、微差ながら佐藤ペースで進んでいく。

■急転直下

 が、第4図からの数手で差が詰まった。佐藤の指した△1八香成は悠長すぎた。桂を取って△7六桂が狙い筋なのだが、▲8七玉と立たれて意外に継続手がないのだ。△1八香成に対し羽生は露骨に▲5三銀。これで攻守が入れ替わった。感想戦で「△1八香成では△5二歩でしたか?こう指せば負けるまでは長いと思ったんですが」と佐藤。羽生も「ええ、受けられると何やっていいのか…あまり自信ないですね」と認めた。先手からの攻めを消してしまえば、ゆっくりした攻めが間に合う。△1八香成は攻めの手、△5二歩は受けの手。ここは受けるべき局面だった。ただし形勢はまだ難解。このあと、もうひと山あった。

 第5図の▲6二金に対する△5三歩が敗着。羽生はすかさず▲8四歩△同玉▲8五香と急所に先着し、急転直下のゲームセット。△5三歩と指した瞬間、佐藤は天を仰いだ。先に△8五歩と打つつもりが、秒に追われて銀に手が行ってしまったのだ。

 △8五歩ならば、▲8四歩△同玉▲6三金△5三歩▲7六銀△9三桂▲9四歩△8六桂。羽生にも勝敗の帰結は見えていなかった。佐藤痛恨の△5三歩。

 1回戦で羽生に敗れた木村は「帰ってもやることないもんなぁ」とぼやきつつ、控室で対局を観戦していた。感想戦を終えた佐藤も別の将棋の検討に参加し、遅い時間までワイワイガヤガヤとやっていた。佐藤の次の羽生戦そして木村戦はいつ、どんな舞台になるのか。そういった想像を膨らませることも、観戦者の楽しみのひとつだろう。楽しみは多ければ多いほど楽しいのだ。

(後藤元気)
(2008年03月13日 更新)

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