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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第19局 >
本戦2回戦 先手 ▲ 阿部隆 八段   対  後手 △ 阿久津主税 六段

阿久津、準決勝へ

対局日:2008年01月13日

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棋譜

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■上座と下座

 午前中に行われた1回戦で森内俊之名人を破った阿部隆八段は午後2時46分に入室した。上座に着いて対局の準備を整える。1回戦では下座に着いていた。下座に着いたり、上座に着いたり。1日で2局指す朝日杯ならではの面白い現象だ。

 阿久津主税六段は1回戦の対久保利明八段戦で、3時対局開始にもかかわらず、電車の乗り遅れで遅刻してしまうハプニングがあった。本局は定刻の8分前に、ペットボトルのお茶を持って特別対局室に入った。

 阿久津は第25回朝日オープン将棋選手権五番勝負の挑戦者で、昨年度は勝率第1位にもなっている。今年度の前半は勝ったり負けたりの成績だったが、10月以降は好調モードに入った。ほとんどの対局で勝ちまくっている。

 二人の対戦は昨年の朝日オープン2回戦のみ。阿部の1手損角換わりを阿久津が鋭い攻めで破っている。

■用意の反撃

 本局は後手番となった阿久津がゴキゲン中飛車に構えた(第1図)。今年度に入って3度目の採用である。

 先手は第1図から▲2二角成と角交換する指し方が流行しているが、阿部の▲7八金(7手目)もゴキゲン中飛車が流行してから10年以上指されている作戦だ。

 何げない駒組みが続くかに見えて、△4四歩(第2図)が本局の流れを決めた。

 阿部としては、次に△3三角と上がられるわけにはいかない。序盤の▲7八金は▲2四歩を狙ったものだからだ。感想戦で「▲2四歩と突けないんじゃ、(本譜の駒組みの)意味がない」と阿部。先手陣はまだ不安定な格好だが、▲2四歩と突いて戦いが始まった。阿久津としては△4四歩と突くことで本譜の決戦を促したわけだ。

 ▲2四同飛に△4五歩から角交換をして△2二飛とぶつけたのが、用意していた手順。「公式戦で似た形で仕掛けたことがあるんです」と阿久津。成算がある反撃だ。

 先手は飛車交換をしては陣形の差で不利になるので、阿部は▲2三歩と交換を避けた。

 蛇足ながら、この△2二飛とぶつける筋は升田幸三実力制第4代名人の「升田式石田流」で有名になった指し方。現在でも升田将棋が生きていることを示す一例と言える。

■誤算

 △4二飛(第3図)の局面で阿久津は脇息(きょうそく)の下に置いていた財布を持って席を立った。飲み物でも買ってくるのかと思っていると、手ぶらですぐに戻ってくる。飲み物ではなく、一服しようと席を立ったのだろう。ただ、本局が指されたのは研修会がある日曜日。子どものいるところでたばこを吸うのは、はばかられたか。

 阿部は△4二飛の局面で長考したが、実はすでに後手のさばきを押さえ込むのが困難になっていた。局後に「後手は(攻めが)軽いと思っていたんだけど、4五の歩が受からないと思わなかった」と語った。誤算があったようだ。

 阿部は頭をかいて▲4六銀(第4図)と上がった。歩得を主張して、意地を通そうとした手だが、銀が浮き駒になっていて危険がいっぱいだ。

■うまい辛抱

 第4図で指された△3八角は阿久津らしい鋭い攻めに思えた。しかし、第4図では阿部が指摘した△6四角がより良かった。▲4七金には△4四歩▲同歩△3三金▲2八飛△4四金と金を繰り出す攻めが厳しい。阿久津はこの手順は気付かなかったと言う。単純なだけに盲点になった。

 本譜は▲7九銀がうまい辛抱。普通は▲7八玉だが、それだと飛車交換の後に△2八飛と打たれてかえって攻めが早くなる。6九玉のまま5八の金を守られると、後手も攻めにくい。

 それでも阿久津は▲7九銀に対して、△2三飛と勢いよく飛車をぶつけた。しかし、形勢に自信があるわけではない。第5図で気になる手があったのだ。

■悲観に過ぎた

 第5図は後手がさばいたかのように見えるが、2三金が遊んでおり難しい形勢。しかし、ここで阿部の▲4一飛が敗着となった。この手を見て、阿久津は内心ホッとしたのではないか。

 △3二銀に▲3一飛成とできず(△5八馬から△4一金で竜が取られてしまう)▲4二飛成と逃げたが、△3三金が△5八馬▲同金△4一金▲5三竜△4三金までの竜の詰めろ。ここで後手の優勢が確定した。何よりも遊び駒を手順に活用できたのが大きい。

 第5図で阿久津が気にしていたのは▲4三角。次に▲4一飛が狙いで、△4二銀と上がれば▲6一角成△同銀▲4一飛が厳しい。▲4三角は感想戦で長い時間をかけて調べられたが、後手有利の結論は出なかった。

 阿部は感想戦のとき、第5図のあたりで「もう負けだと思っていた。一手一手がその場しのぎでやっている感じで、プロの将棋ではない。自分が嫌になっていた」と言った。

 阿部は序盤の作戦失敗から辛抱を強いられる展開になって、形勢を悲観的に見ていたようだ。時間があれば、落ち着いて局面を見直すこともできたかもしれないが、実際の残り時間はわずか3分程度。阿部は訪れたチャンスをつかめなかった。「▲4三角と打っていれば大変ですね。▲4一飛が敗着です」と納得した表情で言った。

■現代将棋の厳しさ

 ▲4四歩は竜の5手詰めを防いだだけの力ない手。阿部は「忙しいところで一手パスだから、ここからは駄目です」と白旗を揚げた。

 終了図からは▲9八玉△8九銀不成▲9七玉△8五桂▲8六玉△7四桂▲8五玉△8四歩▲同玉△8三銀と攻めて長手数だが、ピッタリ詰む。△4一歩の効果で、△8三銀と上がれることに注目したい。

 感想戦では▲4六歩〜▲4七銀が危険という結論になった。普通の手順に見えて、本譜のように△4五歩がうるさくなるという。

 わずか15手目が疑問視される。これが現代将棋の厳しさだ。本局の手順はゴキゲン中飛車の定跡の一つとして定着することだろう。その意味で意義深い一局だった。

(君島俊介)
(2008年03月21日 更新)

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