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< 第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第22局 >
決勝 先手 ▲ 行方尚史 八段   対  後手 △ 丸山忠久 九段

夢見心地の初代覇者

対局日:2008年02月09日

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■勝敗のカギ

 決勝戦は、行方尚史八段と丸山忠久九段の一騎打ちとなった。

 両者の対戦成績はこれまで丸山の10勝3敗。特徴として際立っているのは行方が先手番の7局を全敗している点で、いい形で先攻できても丸山の懐の深さと鋭いカウンターに阻まれてきた。先手番ではかえって、緻密な構想で積極的に主導権を奪いにいく職人気質の行方の生真面目さが災いし、最初から肩ひじ張らずに混戦覚悟で臨む後手番になると、別な本領である動体視力のよさと粘り強さがのびのびと発揮されている印象だ。果たして8度目の先手番で“七転び八起き”となるかどうか。行方がストイックな表の顔とケセラセラの裏の顔にどう折り合いをつけ、集中力を維持しながらもどれだけ無心の境地で戦えるかに、本局の勝敗を左右する少なからぬ要因が潜んでいるように思われた。

■行方に逸機

 初手から▲2六歩△3四歩▲7六歩に、丸山は△3三角と上がる趣向を見せた。丸山の裏芸の一つで、先手の応接を見極めつつ力将棋に持ち込む狙い。直近の後手番の一局(2週間前の対三浦弘行八段戦・竜王戦)も、この指し方で快勝していた。

 行方はやや間を置いて▲3三同角成。先手番を引けばこの戦型になるかもしれない予感は行方にもあり、ある程度の事前対策は練ってあった。それが、後手の△6四歩〜△5四銀に対し相腰掛け銀に組まず、5筋の歩を突いて攻勢を目指す作戦だ。

 第1図。低くコンパクトな布陣が行方の工夫で、スムーズに2筋の歩を交換でき、まずは先手がポイントを上げた。後手は左辺に手をかけた分、迎撃態勢が遅れている。ちなみに本局の5日後に行われた対局(対三浦八段戦・棋聖戦)でも、後手番の丸山は△3三角戦法を採用。その一戦では、丸山は右銀を腰掛ける前に△8四歩と突いてバランスよく構える改良手順を披露した。

 第1図で行方は▲5七銀右と上がり、続いて▲4六銀〜▲3五歩。銀の機動力に期待して後手の桂頭を切り崩す方針を採ったが、これは得策ではなかった。丸山に△4四歩〜△4三銀と分厚く受けられると思いのほか先手の攻めが薄かったからで、▲5七銀右では▲3七桂がまさった。行方は△4五桂とぶつけられる手を警戒したのだが、これには▲同桂△同銀▲2五歩△同歩▲同飛△3六銀に▲2六飛と引けば、▲3三歩のタタキが残って先手が指せる。▲3七桂に△8四歩なら▲7七銀と整備し、△8五歩に▲6八角と打って▲2四角を狙えば先手に有利な分かれだった。

■丸山の後悔

 第2図は行方が▲5五銀と銀取りをかわした手に対し、丸山が△7四歩と突いた局面。次の△8二角が△5四歩を見ていかにもいい味で、後手絶好調に映ったが、意外にも丸山はこの歩突きを「辛抱が足りなかった」と後悔した。本譜はこの手を境に、先手はひたすら攻めまくるしかなくなり、後手としては否が応でも受け潰しに徹する姿勢を強いられることになった。「持ち時間が短い将棋で一方的に受けに回る展開はつらい。△7四歩では△3五歩で局面を落ち着かせるしかなかった」というのが丸山の述懐だ。

 第2図以下、▲2四歩△8二角▲3七桂△3五歩と進んで第3図。遅まきながら△3五歩はこの一手で、代えて△5四歩は▲3五歩△同銀▲2五桂で先手よし。▲3七桂に△3六歩で攻め合いを挑むのも、▲3五歩△3七歩成▲3四歩△2八と▲3三歩成△同金▲2二角△3二歩▲1一角成までが一本道となり、次に▲6六香が後手の歩切れをついて厳しいので先手が指せる。

 第3図は先手が手をこまねいていると、いよいよ△5四歩と突かれて終了形。先手困ったかのように見えたが、行方の▲4六歩が冷静な判断だった。△5四歩に▲4五桂△同桂と後手陣をほぐし、開いたスペースにすかさず▲3三歩。△同金▲4五歩△5五歩▲2二角(第4図)で、一時的には銀損だが先手は曲がりなりにも攻めが続く格好になった。戻って▲4六歩で並の発想は▲3六歩だが、△同歩と取られ▲3五歩以下、前述の変化手順で▲6六香が決定打にならないため(△6五歩で無効)、今度は先手が悪い(途中▲3四歩に△同銀▲2九飛△4七とでも不利)。1歩の有無が形勢を大きく分けるスレスレの戦いである。

■熱戦たけなわ

 第4図以下は、△4二銀▲1一角成△5六歩▲2三歩成△同金▲5五歩(第5図)と進行。すでに両者とも1分将棋に入っており、文字通り手に汗握るスピーディーな攻防だ。公開対局場には観戦者が続々と訪れ、黒山の人だかり。静寂を裂く秒読みの声と盤上の駒音に耳をすませながら、息を呑んで熱戦を見守った。

 途中▲2三歩成に△同銀は、▲2五飛△2四歩▲3五飛で先手十分。△2三同金に▲5五香は、△5七歩成▲5二香成△同飛でこれは後手よし。互いに手順を尽くし、形勢は微妙な均衡を保っている。感想戦で、第5図の局勢について尋ねられた行方は「まだ苦戦だけれど、こっちは腹くくっていくしかないから楽といえば楽。少なくとも切れる将棋じゃなくなったんでうるさくはなったかと」――。それを聞いた丸山は「いや実戦的には後手のほうが間違えやすくて大変。だいぶ前から切れるような気はしてなかったし、だいぶ前からうるさいよ」と言って苦笑した。

■行方が初優勝

 第5図からの△5一玉を局後、丸山は大いに悔やんだ。本譜▲4四歩に△3二銀と引かざるをえないようでは、確かに後手変調に見える。△5一玉では△3三金と寄り、「▲4四香に△5五角で勝負するしか勝ち目はなかった」というのが丸山の見解だ。

 が、行方自身は△5一玉以下も、まだ形勢に自信を回復したわけではなかった。行方が初めて棋勢好転の手応えを感じたのは、第6図で丸山が△6五飛と浮いた手に、幸便な▲4八飛が実現したとき。「△4五歩と打たされては涙が出てきた」と、丸山は半ばおどけながらこの苦しい場面を振り返った。戻って第6図で、「△5五角と出られていたら先手が依然、難局だったのではないか」というのが行方説。いきおい▲4三歩成に△1一角▲3二と△4三銀上の変化は、なるほど一筋縄ではいかなそうだ。

 ともあれ飛車角交換となり、先手がカサにかかって攻めかかる展開になった第7図は後手の非勢が明らかに。△2七角はハッとさせる粘りだが、▲5三桂成△同銀▲同香成△8一角成に、ピッタリ攻めをつなぐ▲5四歩(第8図)が決め手になった。以下は△4一桂▲6五桂△5四銀▲同成香△6六角▲同歩△5四馬▲7三角(終了図)。手順中▲5四同成香に△同馬は、▲同桂△9九角成に▲8八金で先手玉に詰めろが続かない。本譜も銀1枚の丸損となっては後手がつらすぎる。戦意を喪失した丸山があっさり投了し、激闘に終止符が打たれた。終了図以下は、△6二歩に▲4六飛△4三香▲5六飛以下、ドンドン攻めて先手必勝。

 こうして第1回朝日杯将棋オープン戦は、行方が初代覇者に輝いて幕を閉じた。行方にとっては全棋士参加棋戦初の優勝。決勝戦の勝利は記念すべき公式戦400勝目と、うれしいことが重なった。表彰式で賞金1000万円の目録とトロフィーを手にした行方は、「転んでもタダでは起きない気持ちで、勢いのある将棋を心がけたのがよい結果につながった。あまり弱いと思われると生きていけなくなっちゃうんで、これからもしぶとくやっていきたい」とユーモラスに謝辞を述べた。実は前の晩、行方は緊張のあまり一睡もできなかったのだという。だから対局中は頭がボーっとしていてきつい勝負を戦っている現実感に乏しく、迷うことなくハツラツとした順に踏み込めたのが勝因になった。 

 関係者の打ち上げを終えたあとも場所を転々と変えながら、夢見心地の行方の宴が朝まで延々と続いたのはいうまでもない。

(小暮克洋)
(2008年03月28日 更新)

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