「おおきくなったらしょうぎのめいじんになりたい」。6歳の誕生日、バースデーカードにそう書いた幼稚園児は棋士になった。今後、どのような歴史を作るのか。卓越した強さの秘密や生い立ちに迫る。
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名人――。江戸時代、最高位の者に幕府が与えた称号は、今も棋士にとって特別な響きを持つ。その理由は、名人が「順位戦」という制度の頂点に位置するからだ。すべての棋士は一部のケースを除き、順位戦に参加し、主に前期の成績に応じて序列がつけられる。A級を最上位にB級1組、B級2組、C級1組、C級2組と5クラスあり、在籍人数もピラミッド型になっている。
各クラスとも1年間かけて互いに戦い、成績上位者が上のクラスに昇級し、下位者は下のクラスに降級する。A級の優勝者は名人挑戦権を得て、名人に七番勝負を挑む。
各クラスでの昇級チャンスは1年に1回。ノンストップで昇級したとしても名人になるには最低でも5年かかる。最短1年で挑戦できる他のタイトルに比べ、棋士の生涯をかけて目指すという重みがある。
順位戦はすべてリーグ戦形式。A級とB級1組は総当たりだが、その他のクラスは抽選で決まった相手10人とそれぞれ対戦する。成績上位者は上のクラスに昇級するが、人数の多いC級は競争率が高い。たとえばC級2組は50人いて昇級枠は3人だけ。ここで、順位が重要になる。順位といっても途中経過の成績ではなく、新しい期が始まる時点で決められた順位だ。勝ち星が同じ者が多数いた場合、このエントリー順位によって、上位の者が優先される「頭ハネ」が発生する。「順位1枚が1勝分」と言われるゆえんだ。
今期の順位は前期の成績で決まる。C級1組に昇級したばかりの藤井聡太七段の順位は、前期同組で降級点がついた6人よりも上位になり、39人中31位となる。
前期は10戦全勝の千田翔太六段(順位2位)と9勝1敗の永瀬拓矢七段(順位1位)がB級2組に昇級し、順位6位の佐々木勇気六段は9勝1敗でも上がれなかった。藤井七段が昇級するには最低でも9勝が必要だが、それでも確実とはいえず、競争率は激しい。
ベテランから若手まで様々な棋士が所属する最下位のクラス。奨励会を抜けてプロになったばかりの新人はこのクラスの末席からスタートする。
2018年度は49人が所属。1年かけて各自10戦(対戦相手は抽選)し、成績上位の3人がC級1組へ昇級する。順位が低いと9勝でも上がれない場合があり、昇級枠は狭き門となっている。また下位の5分の1(今年度は9人)に降級点がつき、降級点を3回取るとフリークラスに降級。引退が視野に入ってくる棋士も。
左から三枚堂達也六段、大橋貴洸四段、佐々木大地四段
高勝率を誇る若手棋士たちがひしめき合う。B級2組に上がれるのは2人だけ。全クラスの中でも最も昇級倍率が高い。C級2組からの昇級者3人がどんなに優れていても、1人は取り残される計算で、勢いのある実力者が年々たまっていく。同星ながら順位差で上がれない「頭ハネ」も起きやすく、1期で抜けるのは難しい。
史上最年少のタイトル獲得記録を持つ屋敷伸之九段でさえ、4回にわたって8勝2敗の好成績を挙げながらも上がれず、14期も在籍した。
左から佐々木勇気六段、藤井聡太七段、増田康宏六段
成績上位2人がB級1組に昇級できる。下位4人には降級点がつき、降級点2回で降級する。A級やタイトル経験者が多く、今年度は丸山忠久九段や藤井猛九段をはじめ九段が6人。八段も5人いる。一方、六段からタイトルを獲得した中村太地王座のような上り調子の若手もいる。
10年前、このクラスに在籍した田中寅彦九段は「三途(さんず)の川。現地に戻るか、霊界に進むか」と表現した。下から上がってきた者にとっては通過して階段を駆け上がれるか、上から落ちた者にとってはここで踏ん張れるか。それぞれの立場と思いが交錯する。
左から藤井猛九段、中村太地王座、永瀬拓矢七段
鬼才が多く巣くっているという意味で「鬼のすみか」と呼ばれる。順位戦を長く観戦してきた故河口俊彦八段はこんな話をしたことがある。「昔はひと癖もふた癖もある強者(つわもの)がそろっていた。個性派はつぼにはまれば誰でも負かすが、ムラもある。そんな棋士がごろごろしていた」
2018年度は渡辺明棋王、屋敷伸之九段、谷川浩司九段、郷田真隆九段、菅井竜也王位の5人がタイトル経験者。総当たり制で、上位2人が昇級する一方、下位の2人は即降級となる。昇級を狙う以前に、降級を避けるためにも、リーグ序盤から星一つも落とすことはできない。そんな覚悟が必要だ。
左から渡辺明棋王、谷川浩司九段、菅井竜也王位
順位戦の頂点に位置するクラスで、所属する棋士は敬意を込めて「A級棋士」と呼ばれる。百数十人が競い合う順位戦全体で、A級の定員は原則10人と最も少ない。まさに「黄金の10席」といえる。
総当たりで成績トップの者に名人挑戦権が与えられる一方、“一流棋士”の座を守る残留争いも熾烈(しれつ)だ。タイトル保持者といえども厳しい戦いを強いられ、前期は永世竜王・永世棋王の資格を持つ渡辺明棋王が降級を余儀なくされた。
最終戦は一斉に行われる。名人に挑戦するのは誰か、陥落するのは誰か。深夜に及ぶ対局のゆくえを多くのファンが見守ることから「将棋界の一番長い日」とも呼ばれている。
前期は6人が6勝4敗で並ぶ大混戦となり、史上初の6者プレーオフが行われた。今期はどんな展開になるか。前期出だしから5連勝した豊島将之八段、最後まで挑戦権を争った久保利明王将、第75期挑戦者の稲葉陽八段、そしてA級初参加の糸谷哲郎八段と関西勢4人の戦いにも注目だ。
左から久保利明王将、豊島将之八段、糸谷哲郎八段
近年の主な名人。左から羽生善治竜王、佐藤天彦名人、森内俊之九段
これまでプロデビューから最も早く名人になったのは、中原誠十六世名人と谷川浩司九段。両者とも6期で名人挑戦権を獲得し、初挑戦で奪取した。
羽生善治竜王はA級に上がるまでに7期を要した。C級2組と同1組でいずれも1期目に8勝2敗の成績を挙げながら、順位の差で涙をのんだ。佐藤天彦名人でさえ、C級2組を抜けるのに4期かかっており、いかに順位戦で昇級することが難しいかが分かる。
競い合う強敵の層の厚さ、強さの度合いも大きな要素だ。森内俊之九段は8期で挑戦権をつかんだものの、当時七冠の羽生竜王に敗れ、初の名人獲得まで14期かかった。加藤一二三九段も中原十六世名人と同様、A級までノンストップで上り詰め、計6期で故大山康晴十五世名人に挑んだが、敗れた。
藤井四段加藤一二三九段
2016年12月24日。将棋会館の最上位の対局室で、学生服姿の中学2年生と76歳の大ベテランが向かい合っていた。
プロ入りの史上最年少記録を作った藤井聡太四段が迎えたデビュー戦。相手は、元名人の加藤一二三九段だ。現役最年長で「将棋界のレジェンド」。藤井四段が更新するまでは最年少記録を保持していた。多くのカメラレンズが「62歳差対決」に向けられた。
加藤の戦法は、十八番の「矢倉」。受けて立った藤井は、加藤の強烈な攻めをうまくかわした後、反撃に転じ、プロ初戦を白星で飾った。
加藤は早口で「大局観が素晴らしいと思った。攻めが強く、寄せが速かった」とたたえた。一方の藤井は「もっともっと強くなりたい」。長い棋士人生の先を見据えるかのように、落ち着いた口調でそう語った。
藤井四段羽生善治竜王
AbemaTV提供
加藤からの勝利後も、藤井は白星を積み重ねた。2017年4月4日。この日の勝利で11連勝を挙げ、デビュー戦からの将棋界の連勝記録を樹立。注目新人の活躍は各メディアで大きく報じられた。
そんな中、「藤井フィーバー」にさらに火がつく出来事が起きた。同じ月にインターネットで配信された、藤井と羽生善治三冠(当時)の特別対局だ。インターネットテレビ局「AbemaTV」が企画した夢の対決は、藤井の勝利に終わった。羽生は「新人とは思えないくらいの落ち着きを持っている。どんな棋士になるか、とても楽しみ」と語った。
将棋界のトップランナーからの金星は、連勝記録以上に大きく取り上げられた。テレビの情報番組で、藤井の人柄や対局結果が取り上げられた。昼食の出前メニューなど「勝負メシ」にも注目が集まった。クリアファイルやTシャツなどの「藤井グッズ」も日本将棋連盟から発売され、行列もできた。その存在は、将棋ファン以外にも広く知られるようになった。
藤井四段佐々木勇気六段
15、20、25……。
藤井の連勝はどんどん伸びていった。「敗戦まであと一歩」にまで追い込まれた対局を土壇場で制す運もあった。そしてついに、公式戦での連勝の新記録「29」を達成。藤井フィーバーは頂点に達した。
その熱狂にストップがかかる時が来た。立ちはだかったのは、22歳の佐々木勇気五段(当時)。7月2日の竜王戦決勝トーナメントという大一番で、積極的に主導権を取りにいく将棋で、藤井に快勝した。
藤井の印象を問われた佐々木は、「どの形でも指しこなせる強さがある」。そして、こう語った。「私たちの世代の意地を見せたいなと思っていたので、壁になれたのは良かった」。報道陣に取り囲まれながら、この一局にかける思いの強さをそう表現した。
実はこの対局より前、藤井が戦う対局室に佐々木の姿があった。報道陣が集まる異様な熱気を体感するなど、「下見」をして入念に準備していた。「対策はかなりしてきた。努力が実って良かった」
藤井四段杉本昌隆七段
連勝は止まったが、藤井はハイペースで勝ち続けている。9月には、「永世名人」の資格を持つ森内俊之九段に勝利。12月には、名人挑戦権を争うA級順位戦に所属する屋敷伸之九段らを破り、朝日杯将棋オープン戦の本戦に史上最年少で進出した。
その勢いは将棋界の今年度の記録(12月17日現在)にも表れている。全棋士のなかで、対局数、勝数、勝率(10月プロ入りの棋士を除く)、連勝の4部門で1位を誇る。
デビュー当初は、持ち前の切れ味鋭い終盤力で勝つイメージが強かった。だが、最近は将棋の幅が広がっている。師匠の杉本昌隆七段は「危なげない勝ち方ができるようになった。将棋が大人になってきた」。
将棋界のタイトル獲得の最年少記録は18歳6カ月。名人の最年少記録は21歳2カ月だ。記録の更新への期待もかかるが、本人は「トップ棋士との対戦では力の差を感じた。今は実力をつけたい」。
長い棋士人生は、始まったばかりだ。
公開:2017年12月25日
最終更新:2018年7月9日