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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第1局  >
1次予選1回戦 ▲稲葉陽四段―△中野博文アマ

負けられない戦い

対局日:2008年7月12日

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■居飛車本格派の中野アマ

 アマチュアにとってはプロ公式戦に出場できる晴れの舞台。若手プロにとっては面目をかけた負けられない戦いだ。将棋ファン注目の2008年朝日杯アマプロ戦は今年も東西一斉に全10局が行われた。

 中野博文アマは昨年に続いての連続出場、今年3月に行われた朝日アマ名人戦全国大会でベスト8に進み、本棋戦の出場権を手にしている。1966年生まれの中野さんは16年前にアマ竜王戦で優勝した実績がある。その時は力戦形の振り飛車で並みいる優勝候補を押しのけての全国制覇だった。しばらくの間、アマタイトル戦線からは遠ざかっていたようだが、この数年ふたたびブレーク。昨年の朝日杯アマプロ戦でも本格的な相矢倉で関西期待の新鋭糸谷哲郎五段(当時四段)をあと一歩のところまで追い詰める健闘ぶりをみせた。

 力戦派から本格派居飛車党への変身、本局では新鋭稲葉四段の相懸かりの注文を堂々と受けて立った。人生の年輪を重ね、中野さんの棋風も変わったのかもしれない。

■稲葉が序盤でポイント

 稲葉四段は1998年8月生まれ、対局時点ではまだ19歳、タイトルを期待される関西のホープである。3カ月前のプロ入り後の成績も5勝2敗と快調な滑り出しだ。本局の相懸かり先手2八飛型は、今年行われた森内―羽生の名人戦七番勝負でもたびたび現れたトッププロ間でも流行の形。第1図に至るまでの手順で1筋の突き合いを入れたのが序盤にからい、若手プロらしい工夫だった。

 第1図の△2二銀をみてすぐ▲3三角成としたのが機敏で△同桂とすれば▲1五歩△同歩▲1二歩△同香▲2一角で金香両取りがかかり、たちまち先手が必勝となる。実戦は△3三同銀と取らせたことで、先手からはいつでも2五に銀を進めて銀交換を狙うことができる。3六の銀が「いつでも攻めるぞ」とにらみを利かせ、後手の駒組みを制約しているのだ。攻めの銀と守りの銀の交換は攻めている側の得というのがセオリー。立ち上がりはプロがポイントを挙げた。振り返って、後手△2二銀で先に△4一玉としておけば、本譜ほど先手に主導権を握られることはなかった。

 ネクタイをピシッと締め、物静かな中野さんの駒運びは慎重だ。がっしりとした体つきに似合わず駒音を立てることもほとんどない。プロ棋士だと丸山忠久九段が同じようなタイプである。玉を金矢倉の堅陣に入城させてから2五の要所に銀を進めて第2図、ここでは先手が十分。細身だが芯の強そうな稲葉四段は手にした扇子をパチリパチリと鳴らしながら鋭い眼光で盤上を見つめる。中野さんはやや苦しめの駒組みとあって前傾姿勢で考え込んでいるが、表情は落ち着いている。戦いの火の手はどこから上がるのだろうか。

■「B面攻撃」のリスク

 2筋方面の制空権を握った稲葉四段は意外なところから開戦した。本譜の▲8六銀から▲7五歩の「B面攻撃」がそれ。相手の攻撃陣を攻めることを将棋界用語ではこう呼ぶ。昔はレコードのB面は「裏面」と呼ばれていたから、本来の目標である玉側でない「裏側から攻める」という意味だ。これは相手の意表を突く効果もあるし、攻撃陣を完全に抑え込めれば自玉も安全になる。ただし、自陣の守り駒を乱しながらの攻めになるので反撃を呼び込む可能性もあり、受けに自信がないとリスクも高い。

 先手は7三の桂を目標にと金作りが狙い。後手は誘いに乗って馬を作り、その馬を金と交換することで5七の要所に桂を成り込んだ。第3図、一見すると整然とした後手陣にくらべ先手陣はバラバラ。ただし、これでもバランスは取れていて、やや先手ペースというからプロの読みは深い。中野さんはここから一分将棋の秒読みに追われる。

■後手懸命の追い込み

 第3図で▲7三歩成と先手は待望のと金を作って玉頭からの制圧を狙う。展開によっては入玉して勝ちという可能性もある。じっとしていては苦しくなると見た中野さん、△6四銀と援軍を繰り出し、続く▲6三とに見向きもせず△6七金と必死の食い付き、すごい迫力だ。実戦の手順に代え、△6七金のところで攻めをあせらず冷静に△6三同金▲4一角△5三金と手を渡すのも有力だった。以下▲5四歩には△4三金寄とかわしておき、先手の指し手が難しい。こちらを選べば微差が続き、勝負はどちらに転んだかわからなかったろう。

 本譜の進行はポロリと、と金で金を取れたのが大きく先手がはっきり有望になった。とはいえ▲6七同金からは稲葉四段も一分将棋。飛車切りから△8七歩(第4図)と迫られ、どう応じるか。一つ間違えばたちまち奈落の底が待っている。

■巧みなしのぎでプロ勝ち

 第4図の△8七歩に▲同玉とすると△6五銀と出られても△7八銀と王手されても危ない。秒読みに追われながらも稲葉四段は▲9七玉とかわし土俵際でこらえる。懸命に追いすがってくる猛攻をしのげば勝ち。中野さんはなおも△8八銀から迫ったが、わずかに駒不足。▲9八玉の局面は絶体絶命のようだが▲9八玉に△8七桂と打たれても▲8八飛と清算し、後手からの一手スキが続かない。また、ここで△7五桂と打っても▲5四角が詰めろ逃れの詰めろとなり先手の勝ち筋。実戦は香を取って△8七歩としたがこれは詰めろになっていないので、やはり▲5四角と打って先手の勝ちが決まった。

 終了図以下は△2四同歩は▲4一角△2二玉▲2三金まで。△2二玉も▲3一飛成△1三玉▲2二銀から清算して詰み。中盤以降、遊んでいるように見えた3六の銀が2五をにらんで詰めに役立っている。稲葉四段はプロらしい余しかたで奮闘する中野さんを振り切った。

(古作 登)

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