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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第4局  >
1次予選1回戦 ▲金井恒太四段―△加藤幸男アマ

負けて堂々と

対局日:2008年7月12日

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 午前の部が終わり、人気が無くなった対局会場。入り口のベンチで金井は一人うなだれ、頭を抱えていた。時折、空気を震わせるようなうなりが聞こえた。終局直後や感想戦のハキハキとした態度とのコントラストがあまりに痛ましく、声を掛けることが出来ない。

■3手遅れの作戦

 後手番一手損角換わりを選択した加藤アマには、事前にイメージしていた局面があった。それが第1図の△9五歩。角交換して1手、さらに端に2手掛けたため、仮に9筋が関係ない将棋になった場合、都合3手の遅れとなる。ただ2、3筋からの攻めに後手がうまく対応できれば、大局的に端の位が物を言うのでは?という投げかけなのだ。

 大胆不敵にも映るが、これが加藤アマのスタイルなのだろう。自分の疑問をぶつける相手として、プロは申し分ない相手。全力の球を打ち返されたら、それはそれですがすがしい。相手に敬意を払いつつ、おくせず、時にはふてぶてしく戦う姿勢は素晴らしい。真理の追求にプロとアマの垣根など無い。

■先手早繰り銀に

 金井は第1図から▲3七銀と、早繰り銀の姿勢を明示した。手得をそのまま優位に結びつけるには、速攻を仕掛けるのが理にかなっているし、プロとして加藤アマの投げかけを無視するわけにはいかない。ただ盤側からは、金井にかかるプレッシャーが対局前より重くなっているのではと感じられた。負ければ「3手得してもアマに勝てないなんて…」と見られるかもしれない。▲3七銀の着手の際に金井の駒が乱れたのは、そういった怖さがあったからだろうか。

 天王山に銀を進めた第2図。△5五銀はこの場合の受けの形であり、第1図からも十分想定できる局面なのだが……。加藤アマは事前の研究から得たイメージと、現実に第2図を前にしての手応え。そのギャップに戸惑いを感じていた。後手の理想的な手順は、▲3四歩△4四銀上▲同銀△同銀だ。これ以上2筋を攻められる心配はないうえに、9筋の位が威張る展開。しかも△7三角と飛車のコビンを攻める手も見えており、そう進むなら後手優勢と言っても大げさではないだろう。

■いよいよ大決戦

 実際には▲3四歩△4四銀上に▲2四歩と踏み込む順がある。第2図を前に金井が考えている間、加藤アマは冷静に状況を整理していた。△9五歩の構想は失敗に終わり、形勢は自分が少し苦しいこと。しかし、勝負に持ち込む順は残されていること。

 15分がたったところで金井の手が駒台に伸びて▲3四歩。加藤アマは△4四銀上と指して席を立ち、小走りで手洗いに向かった。10手後の局面を頭に描き、チャンスはあるはずと言い聞かせた。金井は本局一番の駒音で▲2四歩。いよいよ大決戦だ。第2図から▲3四歩△4四銀上▲2四歩△3五銀▲2三歩成△2七歩▲3八飛△2六角▲3二と△4九銀で第3図。

 加藤アマは第2図で△4九銀まで想定し、局後に「一本道です」と断言。チャンスありと描いた局面が現実のものとなったのだ。

 金井は第2図からの手順中、▲3八飛に対する△2六角が見えていなかった。致命的ではないのだが、見落としは見落とし。これが後々に響いてくる。

 金井は第3図で慎重に時間を使い切って▲3七角とした。△3八銀不成と飛車を取ってくれば、▲5五角△3二飛▲7九玉と早逃げして先手良しが明白となる。「▲7九玉と引かれた形は、先手玉への迫り方がわかりませんでした」(加藤アマ)。

 第3図からは▲3七角以外に▲2一ともあった。△3八銀不成なら▲3三角△6二玉▲5五角成で先手勝勢。したがって▲2一とには△6二玉▲7九玉△3八銀不成▲7五歩となるが、先手玉の堅さや後手の歩切れを考えれば、十二分にあり得る変化だろう。直後に加藤アマも時間を使いきり、一手60秒の秒読みに入った。

■加藤アマの勝負手

 第4図の△4七金は、苦しいと見ていた加藤アマの勝負手。▲同玉の一手に△6九角と打ち込み、とにかく先手玉を7九〜8八の安全地帯に逃げ込ませないように迫る。形勢自体は先手に分があるが、いわゆる時間が解決してくれるタイプの局面ではない。きっちりと速度計算をし、突き詰めて踏み込まなければならない厳しい流れだ。

 金井は確信を持てないまま指し進めていた。第3図の手前の△2六角を見落としていたことが、正しく形勢を判断する冷静さを失わせていた。

 第5図は先手玉に必至が掛かっており、勝負の行方は後手玉の詰みの有無にかかっている。金井の手は力なく飛車に伸びて、▲2一飛成。後手玉に詰みは無く、勝敗は決した。

■詰んでいた

 対局終了後、控室に戻った金井は鈴木大介八段に第5図での詰み手順を指摘された。まず▲7三角(参考図)と捨て、△同桂に▲2一飛成△6二玉▲5二金以下。手数は長いが妙手は最初の▲7三角だけ。一手ずつ慎重に読みを入れば逃さない類の詰み筋だろう。金井は感情を置き忘れたようにぼうぜんと、無機質な目で鈴木を見つめていた。が、遅れて加藤アマが現れるとひとごとのように「最後、どうやら詰みがあったみたいですね」。続けて「本譜は負けだと思って指していて、最後はチャンスが来たことに気付きませんでしたね。形勢判断がおかしかったです」。さばさばと語り、感想戦が始まった。

 午後の部が終了し、恒例の打ち上げが始まった。見ていて興味深かったのは、対戦した同士で話をしている場面が多かったこと。同じ土俵で戦い、こうして交流できる場があるのは素晴らしい。金井と加藤アマも楽しげに話している。さっき会場入り口で見た落ち込んだ雰囲気はみじんも感じられない。

 記者は数日前に原田泰夫九段の遺墨展で見た「堂々と勝ち、堂々と負ける」の書を思い出しながら、胸を張った金井の姿に重ね合わせてみた。

(後藤元気)

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