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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第5局  >
1次予選1回戦 ▲金内辰明アマ―△佐藤天彦四段

金内さん、新人王相手に善戦

対局日:2008年7月12日

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 本局、記者はまず当日のネット中継を担当した。ご存じの通り、盤側からお届けするリアルタイム中継が、本棋戦の大きな特長である。記者は現在の業務に携わる前からずっと、朝日新聞社主催棋戦のアマプロ戦を見続けてきた。現在はこのように全国のファンの皆さんにすぐ、熱戦の模様をお伝えすることができる。改めて、いい時代になったと思う。

■まさに大将戦

 中継担当者は中継カードの希望を出すことができる。対戦表を見れば、どれも好カードぞろい。優柔不断な記者は結局、ほかの担当者にセレクトを任せた。そうして回ってきたのが佐藤天彦四段―金内辰明アマ戦だった。アマ代表の金内辰明さんは現朝日アマチュア名人。一方挑戦を受けて立つプロは「名人候補」とも称される大型新人の佐藤天彦四段の対戦。全10局のうちにあって、大将戦と位置づけてもさほど異論はないのではないか。

 会場は東京・築地の朝日新聞東京本社。アマプロ戦一斉対局はネット中継だけでなく、一般公開される。会場に足を運んでいただいたファンの方に、間近で観戦していただけるのも、本棋戦の特長のひとつだ。

 静まり返った将棋会館の対局室がプロの土俵ならば、多くのアマ大会同様、声にならない観戦者の反応を身近で感じられる公開対局は、アマの土俵か。何よりも詰めかけたファンの多くは、アマの側を応援している。一斉対局の数日前、対局者として出場するある若手棋士が、「やだなあ」と浮かない顔をしていた。デビュー間もない若者とはいえ、プロにとってみれば失うものの方が圧倒的に多い。アウェーの雰囲気の中、プロの重圧は想像以上のものだろう。

■相矢倉に

 対局開始15分前、まず金内アマが着席。そのレベルの高さから「将棋王国」とも称され続けてきた北海道にあって、金内アマは年少時から知られた存在だった。小樽商大在学中には学生名人、学生王将とタイトルを獲得。そして本年、朝日アマチュア名人戦全国大会で優勝し、三番勝負で加藤幸男アマを2勝1敗で破ってアマ棋界の頂点に立った。手にしているのは「一実」と揮毫(きごう)された、森内俊之前名人の扇子。

 続いて10分前に佐藤四段も着席。佐藤四段の手には、第66期名人戦の記念扇子。森内名人が「気」、羽生挑戦者が「韻」と揮毫している。佐藤四段が「神」と称賛してやまないのが、羽生現名人だ。

 居飛車党の両者の手がすらすらと進み、相矢倉に。第1図は大きな分岐点で、代わりに加藤一二三九段流の▲3七銀、森下卓九段流の▲6八角などがある。持ち時間の少ない対局、とりわけアマ大会では、序中盤は自分のスタイルで迷いなく指し進める姿勢が求められる。そのためにはもちろん、これまでの経験と普段の研究量がものをいう。

■朝日アマ名人戦の進行

 金内さんは現在、稚内市役所に勤務している。将棋界では稚内といえば、中座真七段と中井広恵女流六段の出身地として有名。中座七段は子供の頃、アマ大会が開かれる札幌まで車で5時間かけて移動していたという。北海道は一番スケールの大きな例ではあるが、地方のアマは今も昔も多かれ少なかれ、似たような苦労をされている方が多いだろう。

 佐藤四段は修業時代の奨励会在籍時には、出身地の福岡県で暮らしていた。もっぱらネット対局で腕を磨いてプロとなった最初の世代と言える。ネット対局は現在、アマプロ問わずに必要不可欠なツール。加えてネット中継の存在も大きい。ネット中継された公式戦がその日のうちにネット対局で現れることもあれば、ネット中継で見られる新手・新構想も実は、ネット対局では既出で多くの関係者の共通知識となっていることも多い。

 ▲5六同金(第2図)までは、何局か実戦例のある形。矢倉が得意の両者ともに、十二分に研究している進行だ。中継担当者は関係者からメールやチャットなどでリアルタイムに様々な連絡が寄せられる。ほどなく、「これは朝日アマ三番勝負第3局▲金内挑戦者―△加藤名人戦と同じ進行」と指摘がきた。佐藤アマが△3一玉と寄って、▲金内―△加藤戦の進行からは離れた。ちょっとした形の違いでその後の展開ががらりと違ってくるのが、矢倉の面白さである。

 逆モーションに端に跳ねる▲1七桂は、矢倉戦においてしばしば登場する筋。本局では飛車筋を通したまま、次に▲2五桂△2四銀▲2六歩と活用できれば調子よい。ここで佐藤四段の目が光った。無難に収めようとするのであれば△3四歩。しかし「それでは元気が出ません」と佐藤四段。▲1七桂を積極的にとがめるべく、△2四歩と突いた。後手陣にキズを作り、▲2六歩〜▲2五歩と伸ばす手に調子を与えるため、決断を要する手だ。局後に振り返ってみれば、さすがの好判断。▲2六歩には△3四銀と好形を作りながら▲2五歩を防ぎ、金内さんの攻撃陣が伸びてくるのを押さえた。

■プロアマ戦の実績

 プロを破って話題になったアマといえば、最近では加藤幸男さんや清水上徹さん。本棋戦などでも活躍し、その名前を世間に知らしめている。金内さんはこれまでに6回アマプロ戦に出場。2002年度朝日オープンでは、伊奈祐介四段(当時)を破っている。何よりも惜しかったのが、2001年度朝日オープンの渡辺明四段(当時)との対戦。相矢倉の戦いで必勝形を築きながら、最後は持将棋に持ち込まれてしまった。本年度B級1組順位戦で渡辺竜王が北浜健介七段を相手に持将棋に持ち込んだ際、関係者の多くがすぐに、渡辺―金内戦のことを思い出した。

 対して佐藤四段は17歳三段時代、瀬川晶司アマ(当時)のプロ編入試験六番勝負においてトップバッターを務めた。結果は佐藤四段の勝ち。堂々たる指し回しで瀬川アマを退けて、脚光を浴びた。後の一流棋士も、若手時代にアマプロ戦で苦杯を喫している例は多い。しかし佐藤四段は以後も、アマプロ戦は負けなし。昨年の本棋戦では、相良剛史アマに勝っている。渡辺竜王同様、佐藤四段もまた棋界のエリートコースを歩む棋士のひとり。本局の後は新人王戦で優勝し、全棋士中勝率1位を争うほどに勝ちまくっている。そう簡単にアマには負けられない。

 第2図からは互いに自陣を整備。金内アマは、4八銀を5七〜6八〜6七と繰り替え、矢倉城に引き付ける。佐藤四段はじっと△1四歩。自玉のふところを広げつつ、元に戻れない端桂にプレッシャーをかけた大きな手だ。▲6八角(第3図)と引いた時点で、対局開始から50分が経過した。消費時間は金内24分、佐藤26分。ほぼイーブンで推移していた。

■両サイド攻撃

 佐藤陣は銀立ち矢倉、金内陣は銀矢倉で、いずれも好形。先手からは次に▲4六金から▲3五金と動く順が見えている。「だから行くしかない」と佐藤。△9六歩以下、端攻めに出た。

 63手目、金内アマの▲9五桂は非常手段と思わせる。ただし相手が歩切れのまま収まってしまえば、いくらでも立て直しが利く。佐藤はそのいとまを与えなかった。△1五歩(第4図)と逆サイドから動いたのが手をつなぐ好手。局後阿久津六段は「両方の端をからめたのが素晴らしかったですね」と絶賛していた。

 佐藤四段は△1五歩▲同歩△同香と1筋で手にした一歩を、△9四歩と逆サイドに使う。桂得を確定させながら、さらには2本の香をバックにこの歩が伸びていくのだから、たまらない味だ。

 金内アマはもう、9筋の相手をしていられない。▲3五金からは期待の反撃だ。飛車筋を生かして銀を打ち込み、79手目▲3一歩成まで、佐藤玉に迫る形を作った。対して(1)△同角▲同成銀△同玉とさっぱりさせる指し方もあったか。本譜の(2)△5二玉の早逃げも形ではあるが、▲3二と、と引かれて形勢急接近。続く佐藤の△4八銀(第5図)、これは?!

■佐藤四段変調

 84手目△4八銀は観戦者に「おや?」っと思わせる、あまり見たことのない筋。本譜が示す通り、狙いは次に△5七桂のしばりだ。棋才豊かな佐藤が指したのだから的確な手であろうと、記者は推定した。しかし後で聞いてみれば、あまりよい手ではなかった。代わりにあらかじめ▲5五飛や▲5五桂を消して△5四歩と打つなどが勝ったか。「いずれにせよ、差を詰められていますね」(鈴木八段)。本譜が示す通り、後からの△5四歩も落ち着いているが、佐藤四段変調を思わせる。

 91手目、金内アマが▲6五桂と打ってからは、両者一分将棋。先手は機を見ての▲8六角を攻防手としたい。続く佐藤四段の△5七桂は待望のしばりだが、ここではもうどちらが勝っているのかわからない。佐藤四段は迫るだけ迫ってから手を戻し、△2一飛と落ちている成銀を拾った。

■敗着▲6五歩

 第6図は△8五桂▲8六玉△9五銀をいかに防ぐかという局面。局後にずいぶんと調べられたほどの、難しい局面である。できるならば時間を使って考えたいのだが、一分将棋では直感と指運の勝負だ。本譜、金内さんは(1)▲6五歩と逃げ道を空けた。惜しくも敗着――。△3四歩▲1五飛△1四歩と五段目に利いている飛車を追われて、はっきりした。▲1四同飛と応じれば、△8五桂▲6六玉△5五銀までの詰みとなる。▲5六香はその△5五銀を防いだ攻防手だが、△1五歩と飛車をただで取られてしまった。

 第6図では(2)▲7八銀と横に空間を空けるか、あるいは(3)▲9四歩と香筋を止めにいけば、勝負はどちらに転んでいたかわからない。

 △1五歩以下は、佐藤四段の正確な寄せを見るばかり。粘り続けた金内さんも、132手目△4五歩(終了図)を見て駒を投じた。

 終了図以下(A)▲4五同玉は△4四金上▲4六玉△3五金▲同金△同飛成まで。(B)▲4五同金は△3七飛成までの詰みとなる。

 佐藤四段快勝のようでいて、局後に調べてみれば思いのほか難しかった本局。佐藤四段はしきりに反省していた。金内さんは謙虚に、プロ検討陣の意見に耳を傾ける。がっかりしていたのは金内さんよりもむしろ、応援に来ていたアマ強豪の皆さんの方だったか。

 佐藤四段はこの後豊川孝弘六段、真田圭一七段に勝って一次予選4組の決勝まで進出したものの、大平武洋五段に敗れて二次予選進出はならなかった。

(松本博文)

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