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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第7局  >
本戦2回戦 ▲羽生善治名人―△渡辺明竜王

名人対竜王の決戦

対局日:2008年12月15日

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■祭りの渦中

 ベスト4入りをかけた羽生善治名人と渡辺明竜王の組み合わせは、屈指の好カードと言える。しかし状況が状況だったため、観戦者は別の視点も持ち合わせていただろう。本局は渡辺竜王に羽生名人が挑んだ第21期竜王戦七番勝負の最中に行われた。竜王戦は羽生3連勝から渡辺が3連勝し、第7局の勝者が初代永世竜王になる。決戦は12月17、18の両日。渡辺には将棋界初となるタイトル戦3連敗からの4連勝、羽生には全タイトル永世・名誉称号獲得もかかっていた。

 第7局の会場となる山形県天童市への移動を翌日にひかえた15日、ふたりは朝日杯で盤を挟んだ。将棋ファン、記者、そして棋士さえも、本局の結果と内容で竜王戦の行方を予想し、夢想し、妄想したはず。多くの人が棋戦の壁を越えた祭りの渦中にあった。

■両者の思惑

 渡辺は定刻15分前には対局室に入り、下座でジッと待っている。羽生が現れたのは4分前。白いコートを物入れのハンガーに掛け、ふわりと上座についた。両者背筋を伸ばして一礼した。

 記録係は佐藤康光棋王門下の植木祐斗1級。振り駒は羽生の振り歩先で、と金が3枚。渡辺の先番が決まった。

 ▲7六歩△3四歩▲2六歩△3二金▲7八金。そこで羽生は△4四歩。渡辺は竜王戦3連敗から3連勝の勢いを駆って押し切りたいだろうし、羽生はこの朝日杯で流れを変えたいだろう。両者の思惑が盤上に表れ、七番勝負では出ていないオープニングとなった。

 第1図は渡辺が2筋で角を交換したところ。ここで△2三歩では後手の主張が無くなり面白くない。当然、羽生は△2三銀。相手の動きを逆用して銀冠の好形を得る構想だ。

■渡辺リード

 第2図の先手2五歩から渡辺が攻め込んだ。羽生陣は金銀が密集しているが、△2五同歩▲同桂△2四銀▲1五歩△同歩▲1三歩が巧妙な仕掛けだった。次に▲1五銀と出る手があり、振りほどくのは難しいのだ。多少無理気味の攻めでも、羽生の攻撃陣が手薄いため、厳しい反撃が来ない。ここで渡辺がペースを握った。

 第3図の▲5一角で渡辺の優勢がはっきりした。局後に羽生も「金を引けないようでは苦しいですね」。羽生の言う△4二金引には▲5三銀の痛打がある。角だけでなく4九の飛車にまで働かれては収拾がつかない。

 第4図で羽生は△3四玉。渡辺は当然▲3二馬と金を取る。羽生は△2五玉。渡辺の▲2二歩成に羽生は△1六玉。羽生は一目散に入玉を目指したのだ。自玉を安全にし、渡辺玉を捕まえればいいと判断した。

 しかし△1六玉に対する▲3八歩(第5図)が、その判断を上回る好手だった。羽生は「この手が厳しくて……」と感想をもらした。渡辺の持ち駒が豊富なため、金を見捨てて得たはずの入玉ルートが危うくなっている。羽生は△2八金と投入したが、本来なら歩を垂らしてと金で済ませたいところだ。渡辺がリードを拡大した。

■羽生、指し続ける

 第5図から50手ほど進んだ第6図。「着実に大駒を取った渡辺が駒数でリードしており盤石の態勢……」と、盤側の記者には映った。羽生は持将棋成立(大駒5点、小駒1点で24点以上)まで10点ほど足らず、勝つためには渡辺の玉を捕まえるしかないが、とても寄せがあるようには見えない。

 ふと、記者の脳裏に竜王戦第4局がよぎった。羽生優勢で推移した最終盤。渡辺は投了と敗戦の弁まで考えていたそうだが、奇跡的に打ち歩詰めで逃れる順を発見し、入玉に成功した。大逆転だった。そして羽生はまだ自玉が安全な局面で駒を投じた。駒数は劣勢だったが、相手の小さなミスひとつで持将棋に持ち込める可能性もあった。竜王戦第4局の投了図と第6図を比べると、本局の方が可能性が低いように映った。しかし羽生は指し続けた。渡辺が竜王戦で流れを変えたように、羽生も流れを変えようともがいていたのだろう。

■一瞬のアヤ

 渡辺は慌て気味に▲9六歩。案の定、局後に「ここはおかしくしたと焦りました」と話していた。羽生が気持ちを切らさずに指すことで、渡辺は徐々に精神的に追い込まれていた。が、そこが勝負のアヤ。羽生の△9六同歩で再び渡辺の背筋が伸びた。▲8六歩。もう渡辺の玉は捕まらない。

 △9六同歩では△5七歩がまさった。厳密には▲7三銀不成〜▲8四銀成とし、駒数勝負に持ち込めば先手が残しているが、まだ戦いは続いただろう。終局は183手目。両者が一分将棋に入ってから、実に85手もせめぎ合った。

 感想戦では、第6図から△5七歩▲7三銀不成以下の変化で、2人の声が「いち、にい、さん、しい…」と重なる場面があった。羽生の点数が足りるかどうかを数えているのだが、おはじきを数えるような姿があまりに無邪気で、どうにもおかしくなってしまった。羽生の「足らないかー」に渡辺が「1、2枚足りませんか」と応え、感想戦はお開きになった。そういえば、この長手数の間、どちらも最後まで正座を崩さなかった。途中は足をモゾモゾとさせる場面もあったが、もしかしたら相手より先に足を崩したくないという負けん気が働いていたのかもしれない。

(後藤元気)

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