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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第9局  >
本戦1回戦 ▲森内俊之九段―△佐藤和俊五段

新鋭、十八世名人を破る

対局日:2008年12月18日

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■一大勢力の佐藤

 十八世名人資格者の森内俊之九段を相手に、新鋭の佐藤和俊五段がどこまで戦えるか。本局はそう見られていたはずである。森内は本戦トーナメント(ベスト16)シード。昨年度ベスト8の佐藤は今期は2次予選から出場し、屋敷伸之九段、横山泰明五段を連破して今期も本戦進出を決めた。実績では言うまでもなく森内の方がはるか格上ではあるが、佐藤には勢いがある。12月18日午前10時、東京・将棋会館にて対局は始まった。

 振り駒の結果、「歩」が3枚出て森内先手。佐藤は6手目にさっと△5二飛と、得意の中飛車に振った。従来は力戦形として知られた戦型だが、近藤正和六段が採用して高勝率をあげてからはプロアマ問わずにブームとなり、高度に定跡が発達した。この6手目△5二飛だけで、プロ間ではこれまでに1000局以上も指されている。中飛車が復権した現在、将棋会館で中飛車を見ない日はほとんどない。

 ところで現将棋界では、佐藤姓の棋士が多い。いちばん有名なのは森内のライバルとしても知られる佐藤康光棋王で、改めて紹介する必要もないだろう。森内が永世名人ならば、佐藤は永世棋聖。両者は羽生善治名人らとともに棋界のトップグループに君臨してきた。佐藤姓を有する棋士は棋王位を保持する康光九段に始まって、義則八段、秀司七段、紳哉六段、和俊五段、天彦四段、慎一四段と、現役だけでも九段から四段まで名前が並ぶ。「佐藤」は将棋界の一大勢力だ。

■若手の定義

 佐藤は将棋界屈指の二枚目。と書いてほぼ異論はないでしょうね。囲碁の高尾紳路十段に似ている、という説もある。若手棋士たちは親しみをこめて「キング」と呼ぶ。サッカー界のキング・カズにちなんでのネーミングだ。佐藤は17歳で三段に駆け上がったほどの才能派だ。しかし三段リーグでは苦戦。四段に上がったのは年齢制限が迫った25歳のときだった。順位戦はC級2組5期目で、現在は30歳。まだ若手と言ってもおかしくはない雰囲気はある。

 20手目△3二金までは実戦例のある進行。ここで森内が▲6六歩(第1図)と角道を止め、以下は前例のない展開となった。「振り飛車には角交換」は古くからある格言だが、振り飛車側が角道を止めず、逆に居飛車側が角道を止めてしまうのが現代風である。角道を閉じたからには、穏やかに持久戦に進むと思っていた。しかし森内は相手陣も見ずに一直線に穴熊に組むことはしない。佐藤が△4四角〜△6二角と転換するのに対応して▲3七銀〜▲4六銀と攻めの銀を進出させる。「歩越し銀には歩で対抗」の△4四歩に対しても、一直線に▲3五歩(第2図)と仕掛けた。

■森内、ポイントをあげる

 森内は1987年、四段デビュー。その翌年の1988年度、本棋戦の前身「全日本プロトーナメント」において、決勝三番勝負で当時の最強者・谷川浩司名人を破り、初優勝を果たしている。当時は18歳。いかに規格外に強い若手だったかがわかる。もっとも規格外なのは森内だけではなかった。同世代が20年たった現在でもそのままスライドして、勝ち続けている。

 第2図の▲3五歩では、▲9八香や▲7八金と自玉に手を入れるのではないかと思っていた。しかし森内はさっと▲3五歩。素早く先制のジャブを放った。これには驚いた。さらに局後、森内が早くもポイントをあげていたとわかって、さらに驚いた。「すぐ仕掛けられるのを軽視していましたね」と佐藤。▲3五歩以下△4三銀▲3四歩△同銀▲3八飛に、後手が仕方なく△3三歩と謝った局面は「バカに調子がいいかと思ったんですけど」と森内。先手が2歩を手持ちにして、なるほど確かに調子がいい。

 森内はなおも積極的に▲3五銀。以下△同銀▲同飛と銀交換の後、佐藤の△4一飛は振り飛車らしい細かい動きだ。次に△4五歩と突けば、飛角の利きが一度に通ってくる。相変わらず森内陣は未完成のままなのが気になるところだが、戦いが始まっている現在、不急の手は指せない。▲3七桂は「やって来い」の構え。△4五歩ならば▲同飛△同飛▲同桂と手順に桂を前に進めてよい。続く佐藤の△5三角も細かい動き。先手から先に▲8六角とのぞかれてしまうと動きにくくなる。例えば、単に△2六銀(これが常に後手からの狙い筋)▲3六飛△4五歩は▲8六角が絶好だ。

 ならばと後手の角を狙って、森内は▲5六歩も考えた。以下△2六銀▲3六飛△4五歩▲5五歩は「かなり痛いと思ったんですけど。でも大変ですか」(佐藤)。以下△3七銀成に(A)▲同飛△2六角▲3六飛△4八角成▲5四歩△4七馬▲3九飛が進行の一例。またすぐに(B)▲5四歩は△9七角成(!)〜△3六銀がある。森内はここでようやく▲7八銀と左美濃に組み、囲いを完成させた。ごく当然の一手に見えたのだが、やはりここでも攻撃に手をかけて、▲5六歩から▲5五歩と攻めていく順もあった。佐藤の△2六銀(第3図)は待望の反撃。面白くなってきた。

■早指しの恐ろしさ

 開始から1時間ちょっと。隣の丸山九段―木村八段戦が終わった。「ひどかったなあ」と木村八段の声。丸山九段の快勝だった。棋界有数の粘り腰を持つ木村八段が粘る形を作れなかったのだから、早指し将棋は恐ろしい。

 第3図から▲3六飛と逃げるのはこの一手。対して佐藤の△4五歩に森内は考え、やがて40分の持ち時間がなくなり、一分将棋に。森内の対局姿勢は棋風同様、泰然自若としているイメージがある。ところが盤側で見ていたこの日、意外とアクションが多いのは、記者にとっては新発見だった。やはり早指し将棋ゆえだろう。森内は頭に手をやりながら、▲6五歩と角道を開けた。対局後「いやな予感がしたんですけど」と苦笑。代わりに▲3八歩と桂を支えておく手もあったのだ。以下は△3五銀▲5六飛△4四飛▲6五歩△2四飛▲2五銀△4四飛▲3六銀△同銀▲同飛△2四飛▲2五歩が進行例。これは先手がよさそうだ。

 本譜、佐藤も△4六歩と突いて、ここから一分将棋。以下▲同飛△同飛▲同歩△3七銀不成(第4図)は必然。「こう(△3七銀不成と桂を)取られたら、いくらなんでもよくなかったですね。向こうにとっては理想的な展開ですもんね。桂取って香取って、馬作って。大局観が悪すぎました」と森内。いやな予感がした飛車交換は、やはりその直感が示す通りよくなかった。

■佐藤ペースに

 第4図からは▲4一飛△3一金▲4三飛成(単に▲4五飛成もあったか)△4二金▲5四竜△4九飛▲2二歩と進む。森内が▲2二歩と打つときの少し険しい表情を見て、記者は佐藤に流れが来ているのではないかと思った。互いに桂香を取り合った後の△2七馬はなるほどと思った手。「馬は自陣に」の格言通り守りに利かせておくのではなく、積極的に攻めに使おうというのだ。そうして△5二香(第5図)が主力の5四竜のみならず、森内陣まで射抜く強手。佐藤がはっきり優位に立った。

■充実の読み切り

 森内は局後すぐに△5二香を「強い手でしたね」とたたえた。なぜならば▲9四桂が見えているからだ。後手は香を手放すと、▲9四桂△同香▲同竜に△9一香の受けがなくなる。よって▲9四桂には△9二玉と逃げる一手。これは大きな交換で、美濃囲いにおさまっていた佐藤玉が一気に見える形になった。しかし佐藤は充実している。危険なようでも大丈夫だと読みきったのだ。森内の▲4四竜から▲3三竜の竜金交換は仕方のないところ。記者は、森内に金が入ったので、面白い終盤戦に入ったのではないかと思ったが、佐藤は△8二桂(第6図)。この桂打ちが△5二香からの一連の読み筋だった。

■佐藤、ベスト8進出

 △8二桂が佐藤が狙っていた受けで、決め手となった。▲同桂成△同玉となればさっぱりして、後手玉には何の脅威もなくなる。森内の▲9六歩は△9四桂ならば▲9五歩で勢いがつく。「端玉には端歩」の高度な応用技のようで、記者は思わず「見ごたえのある攻防」と記した。しかし両対局者には勝負の帰結はもはやはっきりとしていた。竜を射抜いた△5二香が、△5七香成と飛び込む。勝つときはすべてうまくいくもので、2六に打った銀と5二に打った香をきれいにはたらかせ、5七の地点であっさり清算。△6八金(終了図)とはりついてみれば、先手玉はあっという間に受けなしである。

 終了時刻は11時59分。投了図以下、指してみるとすれば▲8二桂成△同玉▲7四桂△同歩▲5五馬と王手竜取りをかけてみたい。しかし△6四桂▲1九馬△7八金▲同玉△5九飛ぐらいで後手勝勢に変わりはない。

 佐藤、永世名人資格者を相手に、堂々たる指し回しでの勝利。しかし佐藤の快進撃は、これだけでは終わらなかった。

(松本博文)

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