現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. 将棋
  4. 朝日杯将棋オープン戦観戦記
  5. 記事

<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第12局  >
本戦1回戦 ▲阿久津主税六段―△松尾歩七段

もっと上の舞台で

対局日:2009年1月9日

第1図拡大  

第2図拡大  

第3図拡大  

第4図拡大  

第5図拡大  

第6図拡大  

終了図拡大  

 松尾は1980年3月生まれの28歳、阿久津は1982年6月生まれの26歳。松尾は94(平成6)年1月に研修会からの編入、阿久津は9月に試験合格という違いはあるが、同年に奨励会に入会した。平成6年組には渡辺明竜王、橋本崇載七段などがおり、個性豊かにして華のある一団を形成している。

■持ち時間と割り切り

 阿久津先手で始まった本局は流行の後手番一手損角換わりに推移した。いや、これだけ安定して多く指されると、流行ではなく定番といったほうがしっくりくる。互いの飛車先の歩、端歩の組み合わせなどで主張点が全く違ってくるため、工夫しがいのある作戦といえるだろう。

 第1図を迎え、松尾は「すでに失敗しているかも」と感じていた。ここまでの手順にミスがあったのか、それとも△5四銀自体がおかしいのか。持ち時間40分の将棋では振り返ることも、軌道修正することもできない。反省は後回しにして、対局中割り切るしかないと判断した。一方、阿久津は「条件は悪くない」と考えていた。すなわち仕掛けて十分という判断だ。▲2五歩△3三銀▲4五桂△4二銀▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四飛。そこで△4四歩は気になるが、自陣は一段金。仮に飛車を渡す形になってもリスクは少ない。

 が、阿久津の指し手は▲1七香。持ち時間の短さで割り切ったのは、なにも松尾だけではなかった。ここで時間を使って飛車を渡す変化を掘り下げるのは、実戦的に得ではないと見たのだろう。

 感想戦での「行くべきでしたね」の言葉と、対局中の「見送り」という判断。例えば持ち時間が6時間の順位戦なら仕掛けの順を選んだかもしれない。いや、やはり選ばなかったかもしれない。条件の違い、相手の違いなどで指し手が変わるのは人間同士が将棋を指している面白さだ。

 ただ▲1七香以下の阿久津の指し手は一貫性を欠いた。△4四歩に対しては▲1八飛〜▲3八金と初志貫徹するべきだった。▲5八金と上がる形にしたため、先に指した▲1七香が意味を成さなくなってしまった。「ちぐはぐでした。相手に得をさせてしまった」と局後の阿久津の弁。曲折はあったが、松尾は結果的に効率の良い陣形を敷くことができた。

■シーソーゲームの行方

 第2図は阿久津が▲4五歩と仕掛けたところ。実戦は△7五歩から攻め合ったが、松尾は「軽い気持ちで攻めてしまった。9筋が絡まないと、なかなか攻めにならない」と反省。先手が▲1七香と一手遅れた形で攻めてきているのだから、△4五同歩と面倒を見てから反撃するほう良かった。

△7五歩から▲同歩△6五桂▲6八銀△4五銀となった第3図。阿久津は相手の攻めが薄いと見て、しばし防戦の構え。そこに飛び出した△4五銀に思わず声を上げる。全く読んでいなかったのだ。しかし、とっさに▲4五同桂〜▲7四歩と応じたのはさすが。銀桂交換の駒得を果たし、相手に「攻めてきなさい」と催促。ここで阿久津が一歩前に出た。

 「駒を補充する狙いでしたが、△4五銀はありえなかった。」と松尾。代えて△8六歩▲同歩△同飛か、単に△4五歩か。いずれにせよシンプルに歩を補充する順がまさったようだ。

■松尾のうっかり

 第4図の△8七歩は次の△8六飛に期待した含みのある手だが、▲7五銀と手厚く打たれ、一手で狙いが消されてしまった。ここは直接△8八歩と打って△7六桂の筋を狙うべきだった。「△8七歩は敗着級です。銀打ちをうっかりした。指した瞬間に気付きました」(松尾)。

 しかし松尾も苦しくなってから崩れない。第5図はと金攻めを狙う▲5三とに、スッと遊び駒だった飛車を浮いたところだ。優勢な阿久津としては、ゆっくりと指すか寄せにいくかの判断が悩ましい。阿久津は▲4三との寄せを選んだが、これが差を詰められる原因になった。△同金から精算されてみると継続手が難しい。正しくは▲6四銀。一見甘いようだが、次に▲8八玉と寄って飛車を成り込む手を見せている。

■急転直下

 最後の勝負どころは第6図。松尾の指した△1三玉が失着だった。上部脱出を目指して自然なようだが、▲3二金と張り付かれ、いっぺんに受けに窮してしまった。局後の検討では△4二香と受け、次に△8七桂成〜△4一金と城壁を作り直せば大変ということになった。

 「冷静な目で見ると、△4二香には▲6四銀と出て体力勝負に持ち込めば少し分がありそうですが、実戦で指せたかどうか、自信が無いです」と阿久津。

 終了図は先手玉に寄りが無く、後手玉は▲2三金△同玉▲2四金までの詰めろ。松尾の△1三玉以降は、阿久津がうまくまとめて勝ち切った。

 松尾は99年4月に、阿久津は99年10月に四段昇段を果たした。奨励会入会も同年、プロ入りも同年。本局までの対戦成績も3勝3敗の五分。周囲の評価の高さのわりに、まだ大きな実績を作れていないもどかしさもよく似ている。もっと上の舞台でこのカードを見たい。そんなことを思いながら、ふたりの和やかな感想戦を眺めていた。

(後藤元気)

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内