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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第14局  >
本戦1回戦 ▲深浦康市王位―△中川大輔七段

悔やみきれない一手

対局日:2009年1月20日

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■勢いのある二人

 いよいよ、タイトルホルダーのシード選手たちが登場する本戦トーナメント。昨年7月に始まった第2回朝日杯将棋オープン戦は佳境を迎えている。

 深浦康市王位は昨年、羽生名人を相手に王位を防衛。王将戦にも挑戦者として名乗りを上げた。本局の一昨日には「将棋界初の美術館対局」として話題を呼んだ、徳島県での王将戦第1局を戦ったばかり。惜しくも敗れたが持ち前の粘り強さを存分に発揮し、今後の展開をファンに期待させた。

 対して1次予選から登場の中川大輔七段は注目の若手らを次々と破っての本戦進出。本局の4日前にも順位戦で快勝し、5連勝とこちらも波に乗っている。両者の対戦成績は深浦8勝、中川4勝。力戦派の中川がどんな戦いに持って行くのかが注目だ。

■右玉へ

 深浦は定刻20分前に特別対局室に入室。コーヒーを買ってきた後、両手を真ん中に組むいつものポーズでじっと目を閉じ、時を待つ。9分前に現れた中川は、さっと背広を脱いでおしゃれな茶色のチョッキ姿に。ひげをたくわえ、朝からぴしっぴしっと駒を並べる姿に気合がみなぎる。

 風邪で熱っぽい身体を持ちこたえながらもなんとか記録係を務める鈴木肇二段(21歳、所司和晴七段門下)の振り駒で、深浦の先手と決まった。

 持ち時間が40分のため、両者はすでに作戦を決めていたのだろう。すらすらと進み、中川得意の右玉戦法へ(第1図)。矢倉戦と違い、互いの玉が左側にいるため玉頭での激しい戦いになりやすい。中川は2次予選決勝で関西の注目株である糸谷五段を相手に、玉頭に金銀を集結させて圧倒。そのまま押し切った。

 深浦が▲7九角から▲2四歩△同歩▲同角と2筋を角で交換しにいったところへ、中川は指をしならせて△4四角(第2図)。歩を受けず、場合によっては飛車を2筋に回って逆襲するねらいも秘めている。積極的なところが、いかにも中川らしい。

■開戦

 36手目、中川は意を決して駒音高く△6五歩と仕掛けた。▲同歩△同桂▲6六銀となって第3図。次の△6四銀左は、約13年前に中川の師匠である米長邦雄九段が佐藤康光七段(段位当時)を相手に指した手だ。ここでは他に△2七歩▲同飛△2六歩▲2八飛△6六角!▲同金△2七銀という強行もあった。ただ、はっきり良くなるわけではなく、中川は「ためらった」。もっと良くなる順があるはずだ、という勘もあった。

■自信と後悔

 得意の形に持ち込んだ中川は、局面に自信を持っていた。攻めていけば良くなる。だがその自信は、後悔と紙一重でもある。42手目△7五歩と戦線拡大し、リードを奪いに行った。あっという間に桂2枚と銀を交換して△6五歩と押さえ込む。早指しで進めて「いいと思った」という。

 だが、次の▲7五銀(第4図)を見てその自信は急速にしぼんだ。戦線拡大の△7五歩を悔やんだ。あれさえ指さなければ先手の銀の進出はなかった。動揺し、消極的になり、とっさに△7五同銀から受けに回った。

 しかし実際は、迷わずさらに積極的にいくべきだったのだ。第4図からは△9九角成が正着だった。▲7四桂があるが△7二玉で、先手から色々と攻めはあるものの、意外と持ちこたえている(例:△7二玉以下、▲6四銀△同銀▲7五桂△7三銀打▲8三銀△同飛▲同桂成△同玉▲2一飛成△3一歩)。深浦も局後、これでは「自信がない」と語った。

 本譜、中川は第4図から△7五同銀▲同角△7四歩と守ったが、▲8六角が冷静な一着で深浦リード。守勢に回った罪は重かった。後手の馬を急所から消す▲7七角(第5図)が生じてしまったからだ(△同馬▲同桂△6二香には、▲7三桂が厳しい)。角を8六に引かせなければ、こんなことにはならなかった。

■にじみ出る悔しさ

 第5図から△9八馬と中川は食い下がったが、深浦の▲7五歩から▲7六桂(第6図)という手厚い攻めに、一部のすきも見いだせなかった。秒読みに入ったところで投了。終了図は後手玉に▲8四歩以下の詰めろ((1)△9四玉には▲8六桂、(2)△8四同玉には▲7四金、(3)△9二玉には▲8三銀以下)がかかっており、かつ2八の飛車が利いて馬取りにもなっている。

 隣でまだ続いている久保―行方戦に配慮して、感想戦は小声で行われた。中川は第4図を前に何度もぼやいた。「意外と平凡に△9九角成がよかったか」「そうかバカだったなぁ、△7四歩なんて打っちゃなー。手の流れがおかしいよなぁ」守りに入った自分のふがいなさをかみしめるようだった。

■投了後の人生

 対局が終わったのは午前11時20分。だが、その後も中川は将棋会館内で夕方まで忙しく働いていた。将棋連盟の理事として、職員の話を聞き、てきぱきと指示を出す。合間に順位戦の進行をのぞく。

 深浦はこの対局に勝って、歴代39人目となる公式戦通算600勝(将棋栄誉章)という偉大な記録を達成した。プロになって17年。敗戦の翌日であっても、将棋会館に足を運んで勉強した。

 一つ一つの勝敗にこだわり過ぎるのは、長い目で見てプラスにならない。悔しさを振り切り、気持ちを切り替えて歩き出すことこそが大事なのだ。両者の長い棋士人生はこれからも続く。

(女流二段 早水千紗)

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