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<  第2回朝日杯将棋オープン戦観戦記第18局  >
準決勝 ▲久保利明八段―△渡辺 明竜王

久保が渡辺破り決勝に

対局日:2009年2月14日

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■久保、三間飛車に

 準決勝の本局は2月14日午前10時30分、東京・有楽町マリオンで、阿久津主税六段―佐藤和俊五段戦と並んで、多くのファンに囲まれて始まった。

 久保の先手で▲7六歩△3四歩▲7五歩の出だし。数あるレパートリーの中から久保が石田流三間飛車の作戦を明示した。渡辺もある程度は予想しており、すぐに△4二玉と上がる。渡辺は振り飛車に対して、じっくり固めて持久戦にすることが多い。これは現代棋界に共通の風潮だ。

 久保は渡辺玉が居飛車穴熊の堅陣に収まる前にいつでも動く姿勢を見せ、開始から十数分で現れたのが第1図。久保は積極的に▲7四歩と動いていった。

■機敏

 第1図の▲7四歩が伝えられた大盤解説場の木村一基八段は「初めて見ました」。△7四同歩は▲同飛で先手の飛車が3四に利いてくる。渡辺は△8五歩▲7三歩成△同銀▲7四歩△6二銀と辛抱した。「6二銀が動けず、少しいやな感じです。ちょっと苦しそう」と渡辺。早くも久保が一本取った格好だ。この嗅覚(きゅうかく)の鋭さが、まさに久保がアーティストと呼ばれるゆえん。渡辺の指し方どうこうよりも、久保があまりに機敏だった。

 とはいえ、まだ対局は始まったばかり。決定的な差がついたわけではない。後手が辛抱して穴熊に組めれば、景色は変わってくる。

■久保好調

 渡辺は△4二金右まで組めていい勝負になったと感じていたが、久保は▲7五飛(第2図)と浮いて、いよいよ次の動きを見せる。木村八段は「私は振り飛車はできませんが、この局面で先手を持っても自信ありますよ」。

 第2図から渡辺は△8六歩と突き出した。▲8六同歩なら△同飛▲8五飛△同飛▲同桂△7九飛▲8二飛△7六歩▲6二飛成△7七歩成▲5六銀△7六と▲8四角△8三歩▲9五角△6六とが進行例。渡辺も自信が持てるわけではないが、仕方がないというところか。しかし渡辺は本譜の▲8五桂を軽視していた。以下△7二歩▲8六歩と進んで久保が1歩得。対局後、渡辺は「この手をうっかりしました。1歩損ではわるいですね」と率直に語っていた。

 ただし久保からもこれ以上の攻めはない。△7二歩から△8三飛は部分的には効かされだが、くぎ付けになっていた6二銀を、△5三銀と使うことができた。52手目△6三飛(第3図)まで進んで、さて形勢は?

■渡辺の合理主義

 ポイントをあげやすい戦型と、実戦で勝ちやすい戦型とは、必ずしも一致しない。本棋戦のように早指しであれば、玉が堅い方が勝ちやすいことが多い。渡辺はそうした合理的な割り切り方にたけている。一方の久保としては相手に手段を与えないよう、できれば大駒の交換などは避けたい。振り飛車が着実にポイントをあげているように見えるが、居飛車穴熊を相手にリードを広げて勝ちきるのは大変だ。第3図などを見せられると改めてそう思う。

 久保が左サイドを突破する間に、渡辺は右サイドに主力を集結させ、先手の玉頭に手を求めた。67手目▲3七同銀(第4図)まで進んでみれば、美濃囲いの隊列が乱れて、後手大チャンスを思わせる。渡辺の次の一手は?

■渡辺、好手を逃す

 第4図で渡辺は△3五銀と出た。銀を進出しながら飛筋を通し、4九金取りになっている。しかし最善手ではなかった。渡辺は自身のブログで「ここは△4五銀とこちらに出るべきでした。理由は▲5四とを消している」と述べている。なるほど△4五銀は直接手を嫌う、いかにもプロ好みの攻防手。本譜は▲5四と△4一飛の交換が入ったのが大きかった。そうして久保は▲4六歩と手を戻す。渡辺の△4六同飛では△5六歩と角交換を迫る方がまだしもまさったが、久保に傾いた流れを変えることができたかどうかはわからない。

 この次が本局のハイライト。秒読みの中、久保は▲3九金(第5図)と寄った。記者は思わず身を乗り出す。この手の意味はなんでしょう? 棋力つたなき盤側の棋譜入力者の動揺を誘う一手。大盤解説場もまた、どよめいていた。

■久保、好手を逃さず

 久保の▲3九金は、説明されればなるほどとうなるよりない。現状ではまず、△3七歩成▲同銀△4九飛成を防がなければならない。しかし平凡に▲4七歩では、△6六飛▲同銀△5六歩で、後手の猛攻を誘発する。先手は歩は4七ではなく、4四に使いたいのだ。それが▲3九金と飛筋をかわした意味。今度△3七歩成は形よく▲同銀で何事もないし、△6六飛▲同銀△5六歩は▲4四歩で角道が止まる。「▲3九金には脱帽しました」と渡辺。同じプロ好みの好手でも、渡辺は△4五銀を逃してしまい、久保は▲3九金を逃さなかった。本局の帰結は、ここではっきりした。

 第5図からの渡辺の△8四歩はわるくない手だが、それ以上に久保の▲4四歩が大きい。互いに桂を取り合って駒の損得はないが、後手は角をおさえこまれているのが痛い。久保は質駒になっていた6六角を勇躍▲7五角と転戦。穴熊の急所をにらんで味がよすぎる。渡辺の△8六飛は他に手もないところだが、飛車が4筋の守りからそれた。

■久保、堂々の決勝進出

 以下は穴熊崩しの達人である久保の技を見るばかり。1手60秒未満でも、もう間違えることはない。第6図で▲3二ととしても後手玉は詰めろではないが、次に△4八歩成とされても先手玉は詰めろではない。素早くかつ正確に手数計算を完了して、久保は勝ちを読みきった。

 終了図では、後手玉は受けなし。先手玉に対しては△1七桂打▲同香△同桂不成▲1九玉△1八香▲同玉△2七と▲同玉△2六飛と王手は続くが、▲1七玉△2五桂▲1八玉と進めてはっきり詰まない。このクラスであれば一目で分かる。午後0時34分、渡辺はすぐに投了を告げた。

 早指しから長時間まで、あらゆる将棋を勝ちまくっている久保。本棋戦では前年度チャンピオンの行方八段、深浦王位、渡辺竜王を順に破っての、堂々の決勝進出だ。本局終了後、人垣の向こうでは、久保の最後の対戦相手はこれまでの対戦成績から見ればやや相性のわるい、阿久津六段に決まっていた。

(松本博文)

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