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<  第3回朝日杯オープン戦第14局  >
2次予選1回戦 ▲木村一基八段―△北浜健介七段

1カ月半ぶりの勝利

対局日:2009年11月2日

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■対戦成績は10勝と1勝

 木村一基というキーワードで連想ゲームをしたら、まず挙がるのは「晩成」「高い通算勝率(6割8分)」「無類の好人物」「受けの達人」といったあたりだろうか。23歳の四段昇段は少し遅めだったが、以降は当たるを幸いとばかりに勝ちまくり、現在はタイトル戦常連のトップ棋士となった。性格も陽気で、大盤解説などでは木村のトークを目当てに来場するファンも多い。

 定刻15分ほど前に対局室に入ってきた木村は、やや表情がこわ張っているように映った。普段なら記者や記録係に話しかけることも多いのだが、今日はまだ何もない盤面をジーッと見つめている。

 5分ほどして北浜が入室した。こちらもあいさつを済ますと後は無言。駒を並べるときには、もう眉間(みけん)にしわが寄っている。木村と北浜の過去の対戦は、木村の10勝1敗。北浜としては、一つずつでも返していきたいところだろう。相手からにしろ、周囲からにしろ、やる前から「この対戦ならこっちの勝ち」と見られるのはつらい。何より自分でそう思ってしまうのはつらい。

 記録係の神田万聡(まさと)5級の振り駒は歩が4枚。木村の先手番で開始された。

■新手▲2九飛

 戦型は横歩取り△3三角からの、8五飛戦法。北浜は普段の物腰は控えめだが、こと将棋になると攻めて攻めて攻めまくる。飛車角桂などの飛び道具を使うのにたけており、横歩取り8五飛戦法は棋風に合った作戦選択といえる。一方の木村は受けの達人。北浜の攻めを木村がどう迎え撃つかの構図となった。

 第1図の▲2九飛は過去に実戦例が無く、公式戦では木村新手ということになる。ただし「私が後手で、関西の小林裕士六段と似た形(△1四歩に代えて△9四歩)を2回指したことがあります。彼は自信満々で▲2九飛と引いてくるんです。成功したところは、あまり見たことがありませんが(笑)」と木村。表面上は新手だが、木村としては小林六段のアイデアを借用した認識だったようだ。第1図以降は△8六歩▲同歩△同飛▲4六歩の進展。2九飛の利きが一段目に通っているため、先手陣は容易には崩されない格好だ。

■木村に疑問手

 北浜攻勢、木村守勢のまま迎えた第2図。持久戦になれば、金銀の自由度の差で先手が優位に立つ。北浜は足を止めるわけにはいかない。

 第2図の▲6五桂は△8八歩▲同金△7六桂▲9八金△7八歩成の攻めを狙っている。木村は味良く▲6六銀と引き付けたが、これが疑問。局後に感想戦を見ていた森下卓九段が「ここは▲7六角と打つのかと思いました」と指摘し、木村もすぐに認めた。▲7六角には△6四歩と桂を守るくらいだが、そこで▲4五歩と伸ばしておけば先手十分。後手の飛車が狭く、攻めをつなげるのは難しかったようだ。

 なお▲7六角△6四歩に▲6六歩とするのは、△3七桂(参考図)が必殺の一手となる。▲同金は△5七桂成で壊滅だし、飛車を逃げても△4九角がひどい。眺めれば眺めるほどひどい。木村はこの手が見えたため、安全に映った▲6六銀を選んでしまった。しかし△8四飛とされ、うまい受けが無く、がくぜん。北浜も「ここは少し良くなったかなと思いました」と好転を感じ取っていた。

■木村が押し返す

 第3図。すでに8筋は突破され、収拾困難に思える。しかし、ここから力を出すのが木村の味。遊び駒を活用する▲7七桂が、秒読みの中での見事なしのぎだった。△8八成桂と金を取ってくれば、▲6五桂で全軍躍動。一気に攻守ところを変える。北浜は▲7七桂に△同桂成▲同銀△5四角と撤退したものの、ここ数手で先手陣の危険度が格段に下がった。攻めの瞬発力に秀でた棋士は多いが、受けの瞬発力なら木村は現役屈指。微差を保ったまま、いよいよ最後の寄せ合いに突入した。

■北浜、正着逃す

 北浜が攻め続け、木村は自玉を巧みに操って受け切りを目指す。第4図は後手玉がまだ手付かず。ここで北浜にうまい手があればという場面だったが…。

 実戦は△4七銀▲同金△3八銀▲4八金△2九銀不成となり、攻めの速度がガクンと落ちてしまった。飛車を取ることが出来ても、銀がソッポに行ってしまうマイナスのほうが大きい。

 正着は第4図から△6五銀。露骨な攻めだが、これが受けにくい。▲5五歩と桂を取れば、△6六銀▲同金△2九角成で飛車を抜くことができる。木村は△6五銀に▲6八桂と受けるつもりだったようだが、△7六歩▲7八金△7七銀▲7九金△6八銀不成▲同玉△5六銀で、やはり飛車を抜く筋で手が続く。とにかく2九飛の位置が最悪なのだ。

■鮮やかな手順

 第5図は、北浜が最後のひと勝負と△5四歩としたところ。金を取られたくない、しかし金を逃げると△6五竜や△5六角が生じる。秒読みのなかでこんな手を指されたら、並みの棋士なら混乱してしまうかもしれない。しかしそこは木村。いとも簡単にこの局面の解を導き出した。▲5四同金△6五竜▲6七銀△5四竜▲6六桂。この手順はぜひ、棋譜再生画面で味わっていただきたい。盤側にいながら、つい感嘆の声を上げてしまいそうになるほどのフィニッシュだった。

 終了図はどちらの玉もまだ安全だが、両者の駒台を見れば攻め手の差は明らか。北浜は自分の大駒が3枚残っているここで駒を投じ、散り際に矜持(きょうじ)を残した。

■うれしい白星

 局後、木村は照れくさそうに「1カ月半ぶりの勝利です」と話してくれた。調べてみると、9月半ばに順位戦で勝って以来の白星。最近10局も2勝8敗と大きく負け越しており、今期成績もこれでやっと指し分けに持ち込んだ。2度のタイトル戦登場、そして紙一重での惜敗。そのあたりから、どうも波に乗り切れない。

 本局も木村が「7勝7敗同士の、朝潮と北天佑みたいな将棋。受け切れず攻め切れず、倒れそうな相手を起こしてしまうような内容でした」と往年の大相撲に例えて冗談ぽくぼやいたように、決して万全の内容ではなかった。いま一番の薬になるのは、きっと勝ち星なのだろう。木村は午後の対局にも勝ち、二次予選突破一番乗りを果たしている。

(後藤元気)

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