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<  第3回朝日杯オープン戦第18局  >
2次予選決勝 ▲鈴木大介八段―△近藤正和六段

鈴木、終盤で抜き去る

対局日:2009年11月6日

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■中飛車と中飛車

 本局は2次予選の決勝、本戦入りを懸けた一戦だ。朝、トーナメント表を確認したときに「中飛車と中飛車、中飛車が勝ったら決勝も中飛車」と、つい独り言が出た。鈴木も近藤も戦法選択や指し手に個性があり、いわゆる「棋譜を見ただけで名前が分かる棋士」の代表格。利き酒ならぬ利き棋譜があったら、初級問題に設定されることだろう。言うまでもなく、これは棋士に対する最上級の褒め言葉だ。

 案の定というべきか、鈴木は午前中の将棋で、初手▲5六歩からの中飛車で青野照市九段を破った。近藤も初手▲5六歩から、こちらは中飛車と三間飛車の相振り飛車で中川大輔七段を圧倒。本局も先手になった鈴木がノータイムで▲5六歩。おそらく振り駒で近藤が先手になっていたら、やはり初手は▲5六歩だっただろう。どうせなら相中飛車でとも思ったが、ここは近藤が譲り、中飛車と三間飛車の相振り飛車となった。

■機敏な歩突き

 第1図は鈴木が▲2六歩から銀冠を目指したところだ。銀冠は美濃囲いが進化した囲い。こと玉頭戦になりやすい相振り飛車では、上部に厚い銀冠に組めればそれだけで大きなポイントとなる。鈴木はこのまま何事もなく▲2七銀から▲3八金と組めると見ていたが……。

 △3六歩が機敏な動きだった。▲同歩△同飛のときに、2六の歩が2七なら、▲3五歩と蓋(ふた)をして先手必勝。しかし▲2六歩と突いたがために、その歩をさらわれてしまう。鈴木は「軽率でした。この瞬間に△3六歩があるのですね」。

 実戦は△3六歩以下▲同歩△同飛▲2七銀△3二飛▲3八飛△3三銀の進行。▲2七銀から▲3八飛は、鈴木いわく「成算は無いけれど、こちらの失敗を悟らせないために気合でぶつけた」という順。それに対する近藤の△3三銀が非常に柔らかな手だった。見た目は飛車角銀が凝り形だが、本譜の順を見ればそれも瞬間的なものだと分かる。逆に飛車を展開して伸び伸びと指しているように映る鈴木陣は、金銀の運びが非常に窮屈で陣形に伸びが無い。

■激痛の桂打ち

 十数手進んだ第2図。近藤は敵陣の致命的な欠陥をとがめるべく、勇ましく進軍ラッパを鳴らした。△1五歩▲同歩△4五歩▲同銀△5五角▲4六角△7七角成▲3四銀△5四桂(第3図)。これが見事な手順だった。途中の△4五歩に▲同銀は一瞬ハッとする手(△同銀は▲3二飛成と飛車を取られてしまう)だが、△5五角が用意の一手。鈴木は序盤で突き越した5筋の歩が、こうも見事にとがめられるとは思わなかっただろう。

 第3図の△5四桂を、鈴木は全く見落としていた。角取りをどうにかしなくてはいけないが、▲5七角は△9九馬と香を取っておいて、次の△5五馬や△5五香がひどい。

 激痛の桂打ちを見て、鈴木は「そっか……うーん、うーん」、「いやいやいやいや、うわー」と大きな声で唸(うな)りだした。近藤はそれを見て席を立つ。しばらくして戻ってきても、鈴木はまだ唸り続けている。

 感想戦では、「桂を打って勝ったと思っちゃったんだよな。あなたもウーウー唸ってるし」と近藤。鈴木は「こんな手をうっかりしているのだから、命があったらそれだけでラッキー」。

 第3図から鈴木は、▲3七角と涙の辛抱。これに対しては△3六歩▲同銀△3四飛▲3五歩△4四飛と銀をせしめる順も有力だった。しかし本譜の△3四飛▲7三角成△同桂▲3四飛△3三馬▲同飛成△同桂の進行も、近藤が「こっちのほうが全部の駒が働くと思って」と話したようにプロらしい組み立てだ。わざと飛車を抜かせて8一の桂を使い、△3三馬と引き付けて2一の桂も使う。△3三同桂に▲4一飛と下ろした第4図。局面ははっきり後手優勢だが、ここで近藤に痛恨の手順前後が出てしまう。

■手順前後

 実戦は天王山にピシリ△5五角と打ち付けたが、▲3七歩△7九飛▲3八金となって一気に差が詰まった。先に△7九飛と打てば▲3八金と上がることが出来ず(△3七歩の叩(たた)きが厳しい)▲5九歩か▲4八金寄と受けるしかなかった。▲5九歩なら後の▲5二歩の攻めが消えるし、▲4八金寄は△4六歩の追撃がある。先に飛車打ちなら近藤の会心譜が生まれていただろう。

 とはいえ、本譜の進行もまだ後手に分がある形勢。迎えた第5図は鈴木が△3四角の勝負手を放ったところだが、これが近藤を惑わせた。

 「苦しいけど、せっかくのチャンスなので▲3四角と打った。この手は▲6一角成の攻めと▲5六歩の受けを用意しています」(鈴木)

■鈴木、競り合い制す

 第5図での正着は△5二銀。1回は受けておくべきところだった。△5二銀に▲同角成は、△同金と取って先手の攻めが切れ模様。7六の竜が強く、▲7一銀と打たれても後手玉は全く寄らない。

 鈴木は△5二銀に▲1一飛成と取るつもりだった。しかしそれも△3六竜(角取り)▲5二角成△4五桂(竜取り)▲6一馬△同銀▲同竜(参考図)と進み、先手玉に△3七桂成▲同桂△同角成▲同金△3九角からの即詰みが生じる。もともと形勢に差のあった将棋、鈴木の側にこの手順を避ける術は無かった。

 本譜は第5図から△3六竜▲6一角成△同銀▲同竜と進み、もう混戦。こうなっては追いついた者の強みもあり、最後は鈴木が競り合いを制するところとなった。終了図は先手玉が遠く、後手玉は▲8五歩△同竜▲8三銀成までの詰めろ。上部に逃げ出すルートもない。

■「手が見えすぎて」

近藤は感想戦で「今日は私、見えてたんです。△3六歩(第1図)といい、△5四桂(第3図)といい、良いところに手が行った。でも見えすぎちゃった。△5五角と△7九飛が全く違う(第4図)ということに、対局中に気付いてしまうんだもの。(第5図の)△5二銀も見えていたけど、寄せありと見て△3六竜と踏み込んだ。こういう棋風だから仕方ないです。その後も鈴木さんが読んでいない手がたくさん見えてて、でも鈴木さんがおかしな手を指すものだから、困っちゃいました(笑)」。鈴木も、近藤が次々に披露する妙手順に感心することしきりだった。

 近藤は常々こう話している。「この年になると自分の棋力やランクは定まってくる。それを受け入れつつも、一年に一局、いや一生に一局でも、いつかこれが近藤正和の将棋だ!という棋譜を残したいと思うんです」。本当の意味で近藤の将棋を採点できるのは、近藤自身しかいない。これは棋戦優勝やタイトル獲得など、結果で示せるものよりも余程難しいだろう。いつかはいつか、来るのだろうか。

(後藤元気)

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