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<  第3回朝日杯オープン戦第24局  >
本戦1回戦 ▲木村一基八段―△佐藤和俊五段(指し直し局)

佐藤和、計285手の熱戦制す

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 前回の朝日杯でベスト4入りした佐藤が登場。A級棋士の木村と対戦した。

 朝9時前に対局室「銀沙(ぎんさ)」の間をのぞくと、すでに記録係の佐々木勇気三段が対局の準備を始めていた。局後に聞いたら、前日も記録係を務めたとのこと。佐々木三段は15歳。記録係の経験が少ないらしく、マニュアルが机の上に置かれていた。初々しい。

 午前9時40分ごろ、佐藤は対局室に到着すると、荷物を置いて席を外した。その直後、木村が対局室に到着し、記者に「先日はどうでしたか」と尋ねた。数日前に体調不良で木村が出演予定のイベントをキャンセルしたことを気にかけていたのだ。気配りの人である。「お客さんは満員で、盛況でしたよ」と記者が答えると、ホッとした表情を浮かべた。

■相穴熊+相筋違い角の珍形

 両者は三段時代で苦労したことで知られる。ともに17歳で三段に上がったが、三段リーグで四段へ上がるのに木村は13期、佐藤は16期かかった。若くして活躍する棋士が多い将棋界では少ないタイプだ。特に棋士になってから高い勝率を挙げているところも珍しい。

 木村はひたむきに取り組んだことが功を奏したという。対振り飛車の急戦策は鬼の研究で知られ、四段時代に羽生善治四冠(当時)の四間飛車を破るなど好成績を収めている。一方、佐藤は四段に昇段してからは伸び伸び指せるようになったそうだ。今では、ほどよく力が抜けた状態で対局に臨めているという。あらためていうまでもないが、三段と四段の差は天と地ほどある。プレッシャーによるストレスで体調を崩すケースも少なくない。

 先手番となった佐藤は、四間飛車穴熊を採用した。得意戦法の一つで勝率も悪くない。木村も居飛車穴熊で対抗した。

 相穴熊戦の序盤は大ざっぱに見えて、案外繊細さが求められる。局後、佐藤は▲6五歩(31手目)を反省した。角交換から▲7七角(35手目)と自陣角を打つのでは失敗と言う。

 その後、再度角交換が行われ、佐藤の▲1六角(47手目)に木村が△4三角と打ち返し、相穴熊かつ相筋違い角という非常に珍しい形に進んだ(第1図)。その後は互いに駒を繰り替え、木村は先手陣の6七角−6六金の悪形に目をつけて△4五歩と仕掛けた。佐藤は穴熊の金銀を中央に近づけてしのごうとする。

■終盤で千日手成立

 押したり引いたりの中盤戦が延々と続き、難解な局面のまま終盤戦へ。▲2二金(第2図・127手目)に△同金▲3三銀△2一金打以下、佐藤は3三に金か銀を打ち込み、木村は3一か2一に金銀を受ける手順が繰り返され、第2図と同一局面が4回現れた時点で147手までで千日手が成立した。両対局者とも千日手は仕方ないと考えていたという。

 朝日杯の規定では、指し直し局は千日手局の持ち時間を引き継いですぐに行われる。ネット中継の準備が整ってから、先後を入れ替えて開始された。

■木村の新構想

 指し直し局は佐藤のゴキゲン中飛車となった。後手番でのエース戦法だ。木村は▲7八金型で対抗する。第3図は木村が馬を作った局面。昨年から実戦例が増え、急速に定跡化されている手法だ。馬を作った先手が指しやすそうに見えるが、本局までの成績は先手の7勝13敗(9筋の突き合いがない将棋は先手の1勝3敗)となっている。「先手は馬が使いにくく、後手は角が手持ちなのが大きいためか、今は後手が勝っています」と佐藤はいう。

 第3図のポイントは先手の馬が活躍するかどうかだ。▲3六馬(31手目)〜▲4六馬が新手順。馬の働きを楽にした意味があると言う。佐藤は△2四角(48手目)と据え、△4五銀から金銀を前線に繰り出して先手の馬を押し込んだが、「無理をして動いている」と苦しさを意識していた。本譜は木村の構想が成功したようで、後手の対策は今後の課題といえる。

■1分将棋の勝負手

 初手から1分将棋では、中盤戦を手探りで指さねばならない。また、時間内に席に戻れないと時間切れ負けになるため、席を立つこともままならない。

 佐藤は△6五歩(60手目)と突いて、急いで席を立った。1分将棋では一番の勝負手だ。昔はこのような場面で、指して席を立とうとすると相手の棋士がすぐに指すため、なかなかトイレに行けないということもあったそうだ。時間攻めで精神的に追い込むわけだ。

 佐藤が席を立った後、木村はしばらく考えて▲7七銀を着手し、自分も席を立った。後追いで席を立つのは時間のないときの手筋。相手の時間を利用すれば、切れ負けになるリスクが少ない。

 こうして双方1分将棋にもかかわらず、対局室に対局者がいない不思議な空間が生み出された。佐々木三段はきょとんとしながら「(秒を)読んでもいいんですか」と記者に尋ねる。「読んでいいですよ」と答えると、誰もいない空間に向かって「30秒」と告げた。佐藤が時間内に戻ってこられるか心配だったが、「40秒」の声の後に佐藤が戻ってきた。指し手を決めていたからか、ゆっくりと席について△6六歩と取り込んだ。

■手筋が裏目

 先手有利のまま推移しているが、木村はもう少し丁寧に指せたはずと思いながら指し進めていたという。1分将棋ではどうしても直線的になりがちだ。

 一本は筋と思われた▲6二歩(81手目・第4図)が余計だったと木村は言う。単に▲3六飛からさばき合えば、▲3二飛成の後の攻めが楽だった。また、▲3二飛成では▲4四飛も有力だった。本譜は打った歩が邪魔で、かえって攻めにくい。93手目▲7六歩に△5七桂成(第5図)を木村は軽視していた。強烈な攻めで、佐藤は「指しやすくなった」と手応えを感じた。

■佐藤、激戦制す

 手数は100手を超えている。延々1分将棋を続けている対局者は極限状態だろう。記録係の佐々木三段にも疲れの色が見える。席を立てないため、水を飲めない。声がかすれている。

 木村は▲9七玉(109手目)と土俵際いっぱいに追いやられてからも手段を尽くして頑張る。佐藤は「千駄ケ谷の受け師」の粘りに手を焼いたが、逆転はしていないようだ。132手目△7五とに▲7一銀△同金▲同竜△同玉▲6二金△8二玉▲7二金△同玉▲6二金△8二玉▲7一銀△9二玉▲7二金と追い詰めても、後手に持ち駒が増えたため、△9六金から先手玉が詰む。

 △9四同香を見て138手で木村は投了。以下(1)▲同玉は△9三金から、(2)▲同金も△8五金▲同馬△同と▲同玉△8四銀と攻めていけば詰む。

 対局の時間がおしており、2回戦があるため感想戦は行われなかった。相手を気遣った木村らしい配慮だ。駒を片付けながら「銀香交換(85手目▲3四飛)のところはいいと思った」と話した。強敵を破った佐藤は2回戦で深浦康市王位と対戦する。

(君島俊介)

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