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<  第3回朝日杯オープン戦第34局  >
本戦準決勝 ▲谷川浩司九段―△羽生善治名人

羽生、黄金対決制す

対局日:2010年2月13日

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■異様な熱気

 2月13日午前10時20分ごろ。東京・有楽町をすべて見渡しても、これほど熱のこもった空間は無かったのではないだろうか。コの字形に並べられた長机、その周囲には期待に目を輝かせた人、人、人。中心のテーブル席には将棋盤が置かれ、2人の主役の登場を待っている。

 しばらくして「対局者の入場です」のアナウンス。視線は一斉に入り口に向けられ、自然にわき上がる拍手。海を割るように人垣が分かれ、その間を羽生善治名人、谷川浩司九段が歩いてくる。近くにいた老人がゴクリとつばをのみ込む音が聞こえてきた。

 開始前、テーブル席での対局ゆえか、盤の高さが合わずぐらつく場面があった。駒台の高さと合わせるために箱を敷いたのが原因のようだ。係員が機転を利かし、箱の下にコインを入れてことなきを得たが、このコインには相当なプレミアがつくことだろう。

■王将戦が下敷き

 本局は後手番の羽生がゴキゲン中飛車を採用し、谷川が早めに右銀を繰り出していく最新型となった。下敷きになっていたのは、1月末に指された王将戦第2局▲羽生―△久保戦。そのときは先手番で居飛車を持っていた羽生が、今回は後手番の久保側を持って指している。

 下敷きの将棋から離れたのは、第1図の▲9六歩だった。羽生は少考後△9四歩と受けたが、感想戦では「端歩の突き合いは様々な変化で先手が得になりますね」と振り返った。とはいえ端を受けるのは自然な手。谷川が前例を踏まえ、細かいところでポイントを稼いだようだ。

■攻め合いのポーズ

 第2図は羽生が角交換から△2二角と打ったところ。先手玉のコビンを狙っていく攻めの手筋だったが、これがやや急ぎすぎだった。羽生は「先に△7四歩と突き、▲3四銀には△7五歩▲同歩△3九角から馬を作るような順がまさったかもしれません」。第2図から▲7七桂△7四歩▲3四銀と、攻め合いのポーズを示したのが谷川の好判断。▲2三銀不成の突破を見せて圧力をかけ、羽生に少ない攻め駒で攻めさせる狙いがある。

■受けの勝負手

 羽生が守りの金に狙いを付けた第3図。すんなり金を取らせるのは論外として、逃げ場所は▲8六金、▲7八金、▲6六金の3カ所ある。

まず▲8六金は△8四歩と土台を作られて失敗。8五の桂は金ではなく歩で取りにいかなければいけない。▲7八金は有力だった。以下△5五歩▲5三歩(△同飛なら▲2三銀不成△同金▲同飛成が角取りになる)△5六歩▲6六桂△6二飛▲2三銀不成と進み、難解。羽生は「先手玉は薄いですが、後手の攻め駒も少ない。こちらがうまくやっても、金を打ち合うような千日手に持ち込むのがやっと」の感想がある。本譜の▲6六金は力強い受けの勝負手。▲8六歩から▲8五歩で桂を取りきれば谷川よし。その前に剣先が届けば羽生よし。千日手ではなく、谷川はきっちりと決着を付けにいった。

■羽生、受けを誤る

 第4図は谷川が天王山に角を据えたところだ。図の前、羽生が2二にいた角を△3一角〜△8六角と転回したのが見事な構想で、ここは後手がわずかに優位に立っている。もっとも羽生はそう考えていなかったようだ。険しい表情で自玉を見つめている。

 ▲5五角の王手に対する防ぎは、△7三桂と△7三銀の二択。金を手放してしまうと後手の攻めが切れてしまう。迷うそぶりを見せつつ羽生が選んだのは手堅く持ち駒を使う△7三桂(第5図)だった。これで自玉は堅くなり、先手玉は次に△7七金から△6七歩成で寄り筋のように見える。しかし……。

 「ここは△7三銀で頑張るしかなかったですね」と羽生。谷川も「△7三銀には▲6一飛と打つくらいですが、△7六銀と出られて受けがありません」。

羽生の逸機。1手で形勢が逆転したようだ。第5図は先手に勝ち筋がある。

■谷川の自陣飛車

 図から谷川は▲8九飛と自陣飛車を打った。記者の目に入ったひとりの観戦者は確認のためか目を細め、それから後ろに大きくのけぞった。8九の駒は桂ではなく飛車だった。

 勝利と敗北の線上で両者がもみ合っているその頃、階上の大盤解説場では木村一基八段が第5図を前に「まだ形勢は分かりませんが、こうした渋い手に谷川九段の良さがあります。この自陣飛車で形勢よしと思っているかも」。

 羽生もまた、▲8九飛を好手と認識していた。一度△7七金を決めてから△3一角と引き揚げ、▲6六歩に△2二角(第6図)で、もうひと勝負となった。

■谷川勝ちだった

 戻って第5図。▲8七玉とすれば谷川の勝ち筋だった。控室で行われた感想戦で、谷川自身が指摘した。谷川は「本譜の▲8九飛の自陣飛車が木村流かと思いましたが、もしかして▲8七玉が本当の木村流の受けでしたか」。羽生は「上がって!! なるほど、これはそうか。そうですね。▲8七玉に△5七歩成としても、▲8六玉△6七歩成▲5三歩成△6六と▲8八桂で負けですね」。近くでその様子を見ていた木村八段は、照れくさそうに「私は解説で▲8九飛を絶賛していました」と頭をかいた。

 第4図で△7三銀と上がっていれば、▲8七玉に△6四角とぶつける手が利いた。角を持つと△6九角が急所の寄せになる。

■空中分解

 第6図の△2二角に▲3三桂と打ったのが谷川の敗着。△5四銀と角を追われて空中分解してしまった。ここは▲同角成△同金に▲5九玉と早逃げすれば、まだまだ難解な終盤戦が続いていただろう。

 終了図は後手玉に詰みがなく、先手玉は△6八銀打以下の詰めろ。▲5九玉と早逃げしても△6八歩成(▲同金は△4八銀から詰み)があり、一手一手の寄せとなる。

 最後に余談をひとつ。谷川いわく、両者のイス席での対局は「向かい合って指すのは初めてです。でもネット対局では、お互いにイスに座って指したんじゃないでしょうか。ふっふっふ」。もしかなうなら、来年もここで羽生―谷川戦を見せてほしい。そう願ったファンも多いのではないだろうか。

(後藤元気)

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