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<  第4回朝日杯オープン戦第5局  >
2次予選決勝 ▲三浦弘行八段―△屋敷伸之九段

三浦、逆転回避し本戦へ

対局日:2010年11月5日

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■元棋聖のふたり

 Bブロックの決勝に勝ち上がったのは、屋敷伸之九段と三浦弘行八段。ともにタイトル獲得経験のある強者だが、おもしろいことにどちらも棋聖と縁が深い。屋敷は1989年・1990年と中原誠棋聖(当時)に挑戦し、1990年に棋聖を奪取した。18歳でのタイトル奪取は、現在も最年少記録として残っている。いっぽう三浦は、1996年に羽生善治七冠(当時)から奪った棋聖が初のタイトル。この棋聖を翌年奪っていった棋士が、屋敷なのである。

 さらに屋敷と三浦は前回の朝日杯(2次予選1回戦)でも対戦しており、そのときは屋敷が勝利を収めている。もちろん、ふたりともその対局を忘れているはずがない。そして今回は、本戦進出まであと一歩という舞台での対峙(たいじ)。いやが応でも気が昂ぶるというものだ。

■戦型は横歩取りに

 振り駒で先手を得たのは三浦。屋敷の誘導で、戦型は横歩取りに進む。屋敷の8五飛戦法に対し、三浦は中住まいに構え、早々に角交換する形を選んだ。

 第1図までに要した時間はわずかに5分。過去の実戦例では△9四歩が大多数だが、屋敷は少考ののち△5四角と新手を放った。左右両翼を射線に入れ、局面の主導権を取りにいく角打ちだ。この手を見て三浦が動きを止めた。上着に右袖だけ通したまま、右上に視線を留める。目つきが何かを射抜くように鋭い。そして唐突に、すっと左袖を通して盤に向き直る。同時に、盤の周囲の空気がふっと緩み出した。まるで、それまで三浦の集中によって凝結していたかのように。この間、実際の時間は1分にも満たなかったのだが、それよりもはるかに長い時間に感じられた。

 実戦は第1図から△5四角以下、▲8六歩△3六歩▲8五歩△6四飛▲3六歩△8六歩▲6九角(第2図)と進んだ。

■厳しい歩の垂らし

 三浦は8筋の脅威を緩和するために▲8六歩〜▲8五歩と飛車を追ったが、歩の裏をとって△8六歩が厳しい垂らし。形は悪いが、▲6九角はこの一手の受けだ。おそらくこの局面が、屋敷にとって△5四角からの構想のひとつだったのだろう。角の打ち合いは後手よし――。ところが指し手が進むうち、この大局観はほころびを露呈することになる。

 歩損している後手はゆっくりできない。第2図から△7四歩で桂頭を狙う。その局面では、▲8四歩△7五歩▲8三歩成△7六歩▲8五桂△6五飛▲8四と、と進める順がひとつの案。以下△8七歩成▲同金△8三歩▲7三歩。こう進めば▲8四とで単に▲7二ととする変化に比べ、△8七歩成▲同金が入ることになる。これは先手のメリットだ。

 実戦は第2図から△7四歩▲3五歩△7五歩▲3四歩△4五桂▲3三歩成△同銀▲2一飛成△3一歩と進行。より直接的な攻め合いになった。

■後手たいへん

 第3図は、▲3八香に後手が7七の桂を取って△3五桂と受けた局面。3筋に歩が利かないため、香が厳しい。この局面について、屋敷は「桂を打ったところは大変かなと思った。相手だけ好きなときに(桂が)取れるので」と感想を述べている。新手△5四角からこの辺りまでは予想の範囲内だったようだが、▲3八香と△3五桂の力関係にはいい感触を持てなかったようだ。第3図は▲8六金〜▲7五金を見せられ、後手が焦らされている。

 進んで第4図。飛角の両取りが掛かり、後手が非常に忙しい局面だ。次に▲6五金△同飛▲8七角という厳しい攻めがある。屋敷はここで持ち時間を使い切り、△5七桂成と突撃を敢行。▲同銀なら△4七角成▲同玉△6七飛成が狙いだ。次の△4四香が痛打となる。だが△6七飛成に▲2二竜が詰めろ。後手の攻めは切れ模様だったようだ。

 実戦は△5七桂成に▲同玉と取り、以下△5四飛▲5五歩△同飛▲6六玉△6四香(第5図)と進んだ。もちろん危険は承知のうえ、ここから三浦玉の綱渡りが始まる。

■屋敷にチャンス

 三浦はこの局面で持ち時間を使い切った。▲5五玉と単に飛車を取るのは、△5四歩▲6六玉△4七角成▲7六玉△6九馬で先手危険。そこで実戦は▲6四同金と香を外し、△同歩▲5五玉△9八角成!と進行。△9八角成に▲同香は△6五金▲4五玉△4四歩までの詰みがある。思わず喚声の上がりそうな大技は、まるでサーカスの空中ブランコを見ているようだ。しかし、形勢は依然として先手に傾いたまま。このまま三浦が逃げきるかと思えたが、事件が起きた。

 第6図の△5五馬は竜取り。三浦はスッと▲1二竜。この一手で、屋敷には大きなチャンスが訪れていた。△5六馬がまさに一瞬の光芒(こうぼう)。▲同玉は△5五香▲同玉△6五金▲4五玉△4四歩までの詰み。したがって▲4八玉と逃げるが、△1二馬で竜を抜くことができる。そう、▲1二竜△5六馬は純粋な王手竜取りだったのだ。第6図で▲2一竜ならば何事もなかったのだが……。一瞬だけ、しかし確かに勝利の女神は屋敷に微笑(ほほえ)んでいた。屋敷の手が伸びる――駒台へ。△2二歩。この瞬間、女神は再び屋敷に背を向けた。そして、二度と振り返ることはなかった。

■三浦、借りを返す

 難を逃れた三浦は的確に後手玉を追い詰める。107手目▲2二竜(終了図)は▲3三桂までの詰めろ。受けても▲6三桂成があり、一手一手の寄りだ。この手を見た屋敷は息を吐き、お茶を一口飲む。そして静かに投了を告げた。

 三浦は疲れと安堵(あんど)をにじませた表情で「一瞬まずかったですね」と口を開く。屋敷は、いつもの穏やかな笑顔で「あ、そうですね」と応じた。感想戦が始まり、△5六馬が盤上に現れる。すると三浦は「一瞬だけひどいことしちゃいました」と、少しだけ恥ずかしそうな様子でつぶやいた。屋敷は△5四角からの展開を、「角の打ち合いはこっちが得していると思ったけど、そうでもなかったですね」と振り返った。

 実は三浦、この対局直前の片上戦では、終盤の逆転で勝利をものにしている。そして本局は逆転を回避。なんという勝負強さだろう。みごと前年のリベンジを果たし、本戦へと駒を進めた。

(松本哲平)

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