現在位置:
  1. asahi.com
  2. エンタメ
  3. 将棋
  4. 朝日杯将棋オープン戦観戦記
  5. 記事

<  第4回朝日杯オープン戦第6局  >
2次予選決勝 ▲畠山鎮七段―△吉田正和四段

畠山、3年連続本戦へ

対局日:2010年11月10日

第1図拡大  

第2図拡大  

第3図拡大  

第4図拡大  

第5図拡大  

参考図拡大  

終了図拡大  

■吉田旋風から5年

 2005年にアマ代表として第24回朝日オープン選手権に出場し、プロを3連破する活躍を見せた吉田。まだ10代の無口な少年だった吉田が与えた衝撃は小さくなかった。同年9月に初段で奨励会に入会した吉田は、周囲の予想通りにとんとん拍子で四段に昇段。プロ棋士として朝日杯に参加するのは2度目だ。第3回朝日杯では1次予選の初戦で清水上徹アマに敗れた。今回は1次予選で4連勝しての2次予選進出である。

 一方、畠山は第2回、第3回朝日杯で本戦に進出しており、今回は2次予選からのシード出場である。11月10日午前10時から行われた2次予選1回戦。畠山は終盤の逆転で南芳一九段に勝ち、吉田は221手の熱戦の末に山崎隆之七段を破った。本局の勝者が本戦進出となる。

 同日午後2時、盤の前に座った2人の棋士が一礼して始まった。記録係は坪井祐二1級。

■奨励会幹事

 対局前に行われた振り駒の結果は歩が5枚。先手になった畠山の注文で手損のない角換わりになった。

 この日はまだ暖かく、畠山も吉田も上着を脱いで対局していた。ピンと背中を伸ばす畠山と、体を丸めて盤の前に小さく座る吉田の姿勢が対照的だ。

 畠山は今年3月まで、棋士養成機関である奨励会の幹事を務めていた。在任期間9年は異例の長期。畠山が幹事だった時期の関西奨励会からは続々と新四段が誕生し、畠山の手腕は高く評価されている。ここ何年かは「在任が長期になるのはよくない」と幹事職を辞する意思を示す畠山を、周囲が慰留する光景が何度も繰り返されていたという。

 奨励会幹事時代の畠山は日頃から奨励会員には分け隔てなく声をかけ、自身の対局中にも他の対局の記録係を務める奨励会員の姿勢にまで目を光らせていた。2005年に奨励会に入会し、2008年10月にプロ入りした吉田も大きな影響を受けただろう。

■右玉感覚の洗練

 第1図、吉田は△6二玉と右玉に構えた。右玉は受け身の戦法と思われがちだが、本局の吉田は違った。△5四銀〜△6三金〜△3五歩(第2図)が積極的な指し回し。後日、畠山は「先手は▲1五歩や▲9六歩と端に手をかけて欲張っているので、どんどん来られて困りましたね。△3五歩の1手前、▲8八玉のところでは▲3六歩も考えましたが、△4四銀▲8八玉△5五銀左と銀をぶつけられるのが気になりました」と話していた。右玉は一手損角換わりの流行で注目されだした戦法。本局は手損のない角換わりだが、ここ数年で一気に右玉の感覚が洗練されてきたということだ。

 第2図から▲4五歩△4一飛▲4八飛△3四銀▲2八飛△3三角と進んだ。途中の▲4八飛では▲4七金がまさった。以下△4四歩▲同歩△同飛▲4六歩△4一飛▲3六歩が一例。本譜は△3四銀〜△3三角と自然に駒を前に進めていく後手が好調だ。なお△3三角では△3三桂と強気に出る手も考えられるが、▲2四歩△同歩▲同飛△2五角▲4七角△2三歩▲2五飛△同銀▲6七銀が進行例。残り時間10分程度だった吉田は穏やかな順を選んだ。

 こちらも残り数分の畠山は△3三角に▲1六角(第3図)と打つ。次に▲2四歩があるが、畠山は「先手が急がされている」と感じていた。

■畠山に疑問手

 ▲1六角(第3図)を境に局面が動き出した。△4五銀左▲同銀△同銀▲4八飛△5四銀に畠山は▲3四銀と打って盤上を制圧しようとする。以下▲5六歩△4四歩に▲5七金は疑問手だった。すかさず吉田から△3六歩(第4図)と突かれ、畠山は青ざめた。「また一手で終わらせてしまったかと思いました」。実は畠山と吉田は、わずか5日前に他棋戦でも対戦している。そのときは畠山が指した疑問手を吉田が見事にとがめて勝ったのだ。

 5七に金がいると、「△6五桂」や「△2四角」といった手が金取りになる。例えば第4図で1六角を働かせようと▲2四歩と突くのは△同角と取られてしまう。▲5七金では▲6七金右がまさった。

 ただ幸運なことに、本局では▲5七金は致命傷にならなかった。△3六歩に▲5五歩と突いた畠山は記録机に置かれたチェスクロックをのぞき込む。吉田の持ち時間が切れそうなのだ。その様子を見た吉田は、いらだったような声で「使い切ったらすぐに言ってください」と、記録係が見やすいようにチェスクロックを置き直した。まもなく、記録係が「吉田先生、これより1分将棋でお願いします」と言い、チェスクロックを元の位置に戻した。

 ▲5五歩以下、△同銀▲3六歩△1五角と進む。今度は畠山が厳しい表情のまま、無言でチェスクロックを置き直す。畠山がこういった行動を取るのは初めて見た。畠山の言わんとしていることを理解した記録係がチェスクロックの針の動きを見つめる。そして「畠山先生、これより1分将棋でお願いします」と静かに告げ、役目を終えたチェスクロックを机の下に置き、ストップウオッチに手を伸ばした。

■先手の攻めがつながる

 △1五角以下▲2八飛△5九角成で馬ができて後手が良さそうに見えたが、実際はこの馬が窮屈で、形勢は難しい。

 ▲6八金右に対して6九の馬を△3六馬(第5図)と引いた手が疑問手だった。3六の歩を取ったことで▲3三歩と打てるようになり、以下△3三同桂▲2四飛△3五馬▲3三銀不成△2四馬▲同銀成△8一飛▲2五角打と先手の攻めがつながった。

 △3六馬(第5図)では取れる歩を取らない△4七馬が有力だった。以下▲4三銀成△同金▲2四飛△4二金▲2二飛成と無理やり竜を作っても、△3三銀▲1一竜△3四歩▲2二歩△2九馬▲2一歩成△9五歩(参考図)と端を狙われ、先手は自信のない展開だ。「吉田君も、▲3三歩を打たせただけでこんなに攻めがつながるとは思っていなかったのではないでしょうか」と後日、畠山は振り返った。

 ▲2五角打以下は先手の攻めを見るばかり。▲3一飛成(終了図)で後手玉の詰めろが受けにくく、吉田の投了となった。

 畠山はこれで3回連続3回目の本戦進出。第2回でも本戦で対戦した渡辺明竜王が本戦1回戦の対戦相手であることを告げると「またですか」と苦笑いを浮かべたが、「どなたと当たってもすごい方々。本戦はまだ勝ったことがないので、とにかく1勝したいです」と対局中のような厳しい表情で決意を述べてくれた。

(諏訪景子)

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介