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<  第4回朝日杯オープン戦第8局  >
2次予選決勝 ▲行方尚史八段―△藤井猛九段

177手の大熱戦

対局日:2010年11月5日

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 感想戦の終わりに藤井は「名局だったね」と声を掛けた。行方はそれに応えて「メイはどの字だかわからないけど」と混ぜっ返す。二転三転、好手と悪手が入り乱れた一戦を表すやりとりだった。

■旧知の仲

 藤井は午前の対局で、初タイトルを取って飛ぶ鳥を落とす勢いの広瀬章人王位に競り勝った。藤井将棋はどうしても緻密(ちみつ)な序盤戦術に目がいきがちだが、終盤の腕力もトップクラス。次から次へと決断を迫られる早指し将棋では、相手玉に食いついていく「ガジガジ流」が炸裂(さくれつ)しやすいだろう。

 一方の行方は浦野真彦七段を破っての2次予選決勝進出。詰将棋の名手を向こうに回し、際どく逆転勝ちを収めた。踏み込みの良さ、ど根性の粘り腰を武器に第1回朝日杯以来の優勝を目指す。

 両者の対戦成績は行方7勝、藤井5勝。年齢は藤井が3歳上だが、奨励会入会はともに1986年(藤井は4月、行方は10月の入会)で付き合いも長く、互いに手の内を知り尽くしている。

■苦い経験も糧に

 記録係の植木祐斗初段による振り駒は、藤井の「振り歩先」でと金が3枚。後手番となった藤井は、午前の広瀬王位との対局と同じく、角筋を止めない四間飛車を採用した。

 戦いは2筋から始まった。藤井は四間飛車から向かい飛車に転回し、飛車交換を挑む。行方は相手の言い分を通しながらも、9筋の位を主張するメリハリのある指し回しを見せた。行方は「第66期のA級順位戦(2008年2月の▲行方―△藤井戦)で同じような戦いになったが、方針が定まらずに中途半端な負け方をしてしまった。今回は9筋の位を主張しようと思った」。その将棋は行方のA級陥落が決定した一局だ。棋士は苦い経験も糧にしながら、前を向かなければいけない。

 飛車交換後は藤井が穴熊の堅さを生かして猛攻し、行方が粘り強く受けに回る展開となり、第1図を迎えた。ここで指された▲2四角は銀を補充する自然な手に映ったが、行方は「甘かった」と悔いた。ここは▲9四歩と一本突き捨てるチャンスだったようだ。以下△9四同歩▲5一竜△5八歩▲6九金△4六竜▲9三歩なら「ギリギリ一手勝てそう」と行方。藤井もその見解には同意したものの、「9筋からの端攻めは有力だが、先手玉が端に逃げ込みにくくなる短所もある。棋界屈指の粘りを誇るナメちゃんは選ばないと思った」と話す。実際に本譜の▲2四角からも難しい戦いが続いた。

■銀冠の小部屋

 第2図の△5八歩成は、次に△7八金▲同角成△同竜▲同玉△6九角からの寄せを狙っている。藤井の「ガジガジ攻め」が炸裂(さくれつ)したかに見えたが、ここで行方が指した▲9七玉が巧妙だった。銀の脇にヒョイと上がるこの形は「銀冠の小部屋」と呼ばれ、相手に角や銀が無いときに効果てきめん。一手で相手の攻めを大幅に遅らせることができる。

 行方は第1図で▲9四歩と指すべきだったと悔やんでいたが、こう進んでみるとやはり、9五歩の屋根つきの小部屋のほうがいい。実戦は▲9七玉以下、△7八金▲同角成△9九竜▲9八金とガッチリ土台を固めて先手優勢となった。

■行方、決め手を逃す

 第3図は△4五角と打った場面。▲7二成桂を防ぎつつ攻めに厚みを加える攻防手だが、ここで行方に決め手があった。攻防に利く角に対し、「どちらかにしなさい」としかりつける▲4六歩がピッタリだったのだ。

 ▲4六歩に△2七角成は▲5四歩。△8九角成なら▲7二成桂として、駒が入ったら後手玉が詰む形(▲8二成桂△同玉▲7二金以下)にしておけばいい。後手は駒を渡さずに先手玉に迫れず、手の打ちようがなかった。

 本譜の▲6四銀は、この忙しい終盤戦では悠長だった。すかさず藤井に△9九金と張り付かれ、▲8八金打△9八金▲同金△9九金で千日手模様になってしまった。

■藤井に大悪手

 第4図は▲9八同銀と、行方が果敢に千日手を打開しにいったところ。▲9八同金で千日手が成立すると思っていた藤井は、面食らって跳び上がった。あわてて△8九金としたが、これが大悪手。局後に藤井は「△8九金はひどかった。▲7二成桂で明快に一手負けだったでしょ」と振り返った。

 ▲7二成桂に△8八金は、▲8二成桂△同玉▲7三桂成からバラバラにして▲6五桂から詰み。かといって▲7二成桂に△同角と取るのでは、そこで▲8九銀と手を戻されて攻めが切れてしまう。

 △8九金では△9九金と打つのが正しく、これなら▲8七銀打△9八金▲同金△8九銀▲8八金打で千日手が濃厚だった。

 行方は「なんで▲7二成桂が指せなかったんだ。このあたりの心境は全然覚えていません」。藤井は「悪手の△8九金に悪手の▲8九同銀。まあギャラリーを沸かすことになったんだからいいじゃないの。しかし、このあとこちらも寄せ切れないからなぁ。午前の広瀬王位との将棋で寄せ切れたのが奇跡だったのか」と愚痴をこぼした。

■行方が粘りきって勝利

 藤井が寄せを逃してしまったのが第5図の局面。実戦は△8九飛と打って△9八馬▲同金△8七金▲同金△9八金▲同玉△9九飛成の詰めろをかけたが、▲5九歩と竜の利きを止められて攻めが頓挫した。

 第5図からは△9八同馬なら寄り筋だった。以下▲同金に△9九金と食いつき、▲8七銀なら△8九飛▲5九歩△9八金▲同銀△8八金で受けなし。△9九金に先に▲5九歩と受けても、△8九飛▲8八銀△5九竜▲同馬△9八金▲同玉△7八金で一手一手の寄りとなる。

 進んで第6図。先手玉には△7八角からの詰めろが掛かっているが、ここからの3手はいかにも行方らしい決め方だった。

 まず▲6八飛の自陣飛車で△7八角を消す。△9九角の再度の詰めろに▲9八飛打と飛車の連打。これで攻めが続かない。

 終了図は後手玉に▲8一成桂△同玉▲7二銀△同玉▲6三角以下の詰めろが掛かっており受けが利かない。先手玉は飛車二枚あっても詰まず、投了も仕方ない。

 「粘りの行方、粘りにかけては超一流の行方にやられました。昔からこの粘りに何度やられたかわからない」と藤井。行方に「僕の粘りが通用するのは藤井さんだけです」と冗談を言われても、「今日は力いっぱい指せた」と満足げな表情だった。

(後藤元気)

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