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<  第4回朝日杯オープン戦第14局  >
本戦1回戦 ▲深浦康市九段―△木村一基八段

木村、大きな借りを返す

対局日:2010年12月24日

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■「3連敗4連勝」を演じたふたり

 深浦康市と木村一基。このふたりで思い出すのは、2009年の王位戦だろう。挑戦者の木村が開幕から3連勝、初タイトルに王手をかける。しかし七番勝負は「木村あと1勝」のまま最終局にもつれ込む。死闘の果てに見たものは、深浦の3連敗4連勝という「奇跡の防衛劇」だった。そしてこの敗戦以来、将棋界では「木村は調子を落とした」と、ささやかれるようになった。木村はタイトル戦で打ちのめされた。そしてそうした棋士は皆、立ち直るまでに時間を要するのだ、と。

 そのふたりが、朝日杯の本戦という舞台で再び相まみえることになった。両者が対戦するのは、先の王位戦第7局以来のこと。さぞかし因縁深い一戦になるだろう――。そう思われた対局は、そんな事情とはあまり似つかわしくない光景から始まった。

 朝、特別対局室に先に現れたのは深浦。「おはようございます」と盤側に声をかけ、下座に自分のかばんを置き、退室する。深浦はB級1組、木村はA級。順位戦での席次を配慮した結果である。後から来た木村は、下座にかばんが置かれているのを目にして、しばらく立ち尽くした。記録係の谷合廣紀初段に「これ深浦さんの?」と尋ねると、そのかばんをいそいそと上座へ移動させ、自分は下座に着く。ほどなく、深浦が対局室に戻ってくる。木村が下座に着いているのを見るやいなや、「いやいや、順位戦通りで……」と上座へうながした。しかし木村も「いやいやいや」と首を振り、頑として動かない。いやいやいやいやと席の譲り合いが始まり、隣で見ていた谷川浩司九段がクスッと笑う。この争いに終止符を打ったのは「だってもう(上座には)かばんが置いてありますし」という木村の一言。結局、深浦が折れる形で上座に着き、対局の準備が始まった。

■一手損角換わりへ

 振り駒で後手番となった木村は、戦型に一手損角換わりを選んだ。対する深浦は早繰り銀を選択。序盤は定跡手順をたどり、パタパタと指し手が進んでいった。開始から10分も経たないうちに、両者の駒台には角銀が載る。先手は攻めの銀をさばいたが、3筋の歩を切ったことで、飛車のコビンを狙われる危険が生じた。飛車のコビン攻めは、この戦型における後手の命綱ともいえる要素だ。

 木村は△8二飛(第1図)と黙って飛車を引いた。この局面、先手には豊富な持ち駒がある。手を渡すのは後手としても怖い。過去に1局ある実戦例(第3回朝日杯1次予選▲稲葉陽四段―△浅田拓史アマ戦)では、第1図以下▲8三歩△同飛▲5六角△6五歩▲2三角成△2七歩▲3八飛△2三金▲3二飛成と進行。先手が技を掛け、そのままペースを握っている。そして深浦も当然、この将棋を頭に入れていた。熟考ののち、同様に仕掛ける。▲8三歩△同飛▲5六角△6五歩▲2三角成△5五角(第2図)と進んだ。

■強攻と反撃、一瞬の交錯

 ▲2三角成の瞬間、どう反撃するかが後手に与えられたテーマ。木村の回答は単純明快な△5五角(第2図)だった。「飛車のコビンを狙う」。セオリー通りのシンプルな手だが、これが大局を左右する力を秘めた一打だった。局後、深浦は「(△2七歩など)何もさわらないで、単に角打つのがいい手で困りました」と認める。いっぽうの木村は「うん、うまくやってるかな、と思いました」と自信に満ちた表情で語った。対局中すでに、木村は手応えを感じていたようだ。

 実戦、深浦は▲2四馬と王手をかける。次に▲4六馬〜▲2一飛成を狙うが、これには△3三桂がぴったりの受け。残った飛車取りがやはり受けづらい。深浦は10分近い「長考」で▲4六銀と投資して受けたが、この瞬間は後手にとって大きなチャンス。飛角の利きが先手玉の急所に直射している。木村は△8八角成▲同金△6六歩(第3図)と鋭く踏み込んだ。見てわかる通り、深浦の▲4六銀が打っただけの駒になってしまっている。このとき、すでに形勢は急激に後手の方へと傾いていた。

■痛烈な攻め

 △6六歩(第3図)は痛烈な一撃。実戦は以下▲6六同歩に△6七銀が入り、先手陣はいきなり手の施しようがなくなってしまった。次に△6八銀打から飛車を奪って△2八飛(王手馬取り)の筋が厳しいが、すでに適当な受けがない。

 感想戦では第3図で▲3四馬が検討され、以下△2七歩▲3八飛△3七歩▲同桂△8七銀▲同金△同飛成▲8八歩△6七竜▲7八銀△7六竜(参考1図)が示された。深浦は「本譜よりはまだこっちでしたね」と首を振ったが、それでも先手がつらいことに変わりはない。木村は「(▲8三歩が)無理気味なんですかね」と疑問を呈す。深浦は4六の銀をぺたぺたと盤に打ちながら、信じられないような表情で「こんなに悪いのか……」とため息をついていた。

■鮮やかな収束

 以下、深浦も抵抗するものの、木村は的確に先手玉を追いつめていく。途中、木村は一度だけ驚いて跳び上がるようなしぐさを見せたが、その指し手に乱れはなかった。△3九角(第4図)が鮮やかな決め手。取ればもちろん△5八金の1手詰め。挟撃形を築いて先手玉は寄り形になった。以下▲4八金△6八成銀▲4九玉△2八金▲3八飛△5九成銀(終了図)まで進め、深浦は「負けました」と投了を告げた。以下、▲5九同玉△3八金で先手玉は必至。後手玉に詰みはなく、投了もやむを得ない。

 局後、木村に跳び上がったときのことについて尋ねると、「あのときは、△2八金に▲3五飛(参考2図)と受けられたとき、△5八歩で必至になることが見えてなかったんです。最後は見えたので、ええ」という答えが返ってきた。表情、口調、態度、すべてに自信があふれていた。王位戦の「悪夢」はすっかり振り払うことができたようだ。

 3連敗4連勝で「奇跡の防衛」を遂げた深浦だが、今回はその借りをきっちり返されてしまったようだ。そして木村はベスト4進出を目指して次の対局に臨む。今回の勝利が完全復活ののろしとなることを、ファンは期待しているはずだ。

(松本哲平)

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