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<  第4回朝日杯オープン戦第19局  >
本戦1回戦 ▲渡辺明竜王―△畠山鎮七段

渡辺、2大会ぶり4強入り

対局日:2011年1月19日

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■ベスト4を目指して

 世間では正月気分が抜けきったであろう1月19日。関西将棋会館5階の「御上段の間」で本局は行われた。

 午前9時42分「おはようございます」の声と共に畠山が入室。その2分後に渡辺が姿を見せた。「御下段の間」ではもう一つの本戦1回戦、久保利明二冠―村田顕弘四段戦が指されている。二つの対局の勝者が、午後から準決勝進出を懸けて戦うことになる。記録係の福間健太三段(伊藤博文六段門下・21歳)の振り駒は歩が3枚出て、渡辺の先手番となった。定刻の午前10時、福間三段の合図で対局が開始された。

 盤上は相矢倉へ進行する。渡辺の▲2六歩(第1図)は、藤井猛九段が多用し、高い勝率をあげている作戦だ。玉を囲ってから攻撃態勢を作るのが、今までの矢倉の考え方だった。藤井流矢倉は、先に攻撃態勢を作り、相手の出方を見てから玉を囲うのだ。場合によっては、居玉での戦いも辞さない。まさに「四間飛車藤井システム」の居飛車バージョンと言える。

 過去の対戦成績は、渡辺から見て4勝1敗。第2回朝日杯本戦1回戦でも両者は顔を合わせている。結果は渡辺がゴキゲン中飛車を採用し、勝利を収めた。畠山はリベンジに燃えているだろう。

■熱血漢畠山

 畠山は昨年の3月まで9年の長きに渡り、関西奨励会幹事を務めていた。就任当初「空気がだらけている」と言い、奨励会員の意識改革を行った。そして、豊島将之六段や糸谷哲郎五段を始めとする13人の関西棋士が誕生した。奨励会幹事になる前は、奨励会の下部組織に相当する機関である「研修会」の幹事をしていた。畠山は幹事の職に就いた直後、小学生や中学生が中心だった研修生を前に「お前たちを強くするから、俺について来い」と言った。当時、研修会員だった記者の耳に、いまも強く残る言葉だ。あれから15年近い月日が経った。畠山の愛情と情熱は当時と変わらない。

■勝負師の直感

 第2図は渡辺が▲2六銀と出たところ。渡辺の玉形は「片矢倉」や、実力十三段と言われた幕末の天才棋士・天野宗歩が愛用したことから「天野矢倉」とも呼ばれている。

 ここで後手が△2二玉と入城すれば、多くの実戦例がある局面に合流する。畠山も研究会で経験している。ただ後手が守勢になることが多く、畠山は「受け一方になっては駄目だ」と感じたという。勝負師としての直感だ。そして△8四銀(第3図)と対抗した。攻め合いを目指した手で、前例は無い。

 だがこの構想は、渡辺の次の一手で早くも破綻(はたん)した。

■破れた構想

 昨年末、渡辺は7期連続獲得となる竜王位防衛を果たした。年明けには棋王戦初挑戦を決め、A級順位戦でも挑戦権を争っている。この勢いに乗り、第2回大会以来のベスト4進出、更にはその先を狙いたいところだ。

 第3図から渡辺の▲1五銀が好手だった。畠山は▲3五歩を予想しており、それなら△7五歩と突いて攻め合いにするつもりだった。▲1五銀は次に▲2四歩からの銀交換を見せ、後手の攻めを催促した一手だ。畠山は勢い△7五歩と突き、銀交換を果たした。普通なら先に銀交換を果たした後手が成功だと思ってしまう。しかし渡辺はうまい切り返しを用意していた。

 先手が▲6四角と角を取って王手し、後手が△同歩と応じた第4図。ここからの反撃が厳しかった。

■先手優勢に

 今回、畠山は3回目の本戦進出になる。2年前に渡辺明竜王、昨年は羽生善治名人に敗れている。今期の本戦の組み合わせを見たとき、「またですか」と苦笑いを浮かべた。だが、すぐに表情を引き締め「誰と当たってもすごい相手ばかり。とにかく初戦を突破したい」と語った。

 畠山は最近、師匠である森安正幸七段が主催する研究会に参加している。メンバーはほとんどが奨励会員で、1日に12局指したこともあるという。「将棋を指す体力をつけたい」と語る畠山。効果は早速出ている。2次予選では午前中に南芳一九段との大熱戦を逆転で制し、午後の対局では新鋭の吉田正和四段を攻め倒し、本戦入りを決めた。40代に突入しても持久力が衰えない秘訣(ひけつ)が伺える。

 第4図からの▲7五角が厳しかった。後手は△8七銀▲6九玉を決めてから△8三飛と引いたものの、▲7四銀(第5図)が手厚い一着で先手優勢がはっきりした。後手はどこに飛車を逃げても▲6四角と出られてしまう、後手陣の3一玉型がマイナスになっている。局後、渡辺は「▲7五角に対して、後手からの技がなければ大丈夫だと思った」と自信をのぞかせた。

■渡辺快勝

 第6図は畠山が△7四角と銀を取った局面。ここで▲6二銀が着実な決め手となった。一分将棋に入っていた畠山は△4二銀と粘ったが、▲5三銀成と飛車を取られ、△同金に▲9一角成で渡辺勝勢がはっきりした。

 午前11時21分、▲6五桂を見た畠山が「負けました」と投了を告げた。終了図以下は、△4二銀と逃げるくらいだが▲6四馬と引き、▲5三桂打などの攻めが受け難い。消費時間は▲渡辺34分、△畠山40分。渡辺は終始安定した指し回しで貫禄を示した。午後からの対局に、2大会ぶりのベスト4進出を懸けて戦うこととなった。

 一方、畠山はまたしても本戦1回戦の壁に涙をのんだ。第3図で△2二玉と過去の実戦例に追随せず、己の直感を信じ△8四銀を選んだ。残念ながら、それが勝負の明暗を分ける要因となってしまった。畠山は自分の決断に後悔はしていない。「後手番だと前例をなぞることが多いが、短手数で負けることを恐れずに踏み込んで行こうと思った」。指し手の解説上では△8四銀は疑問手になる。だが、この一手に畠山の男気や情熱が詰まっていた一局だった。

(池田将之)

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