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<  第4回朝日杯オープン戦第22局  >
本戦2回戦 ▲丸山忠久九段―△木村一基八段

木村、初のベスト4入り

対局日:2010年12月24日

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■ふたりの一手損事情

 対局が始まって驚いた。開始からほんの数分で、30手近くもパタパタと盤面が動く。「指し手の速さは自信の表れ」というが、それにしても両者とも尋常な速さではない。

 丸山、木村はともに一手損角換わりを得意としている。調べてみると、公式戦でふたりが一手損で対戦したのは11局。そのうちなんと9局が、本局と同じく先手丸山・後手木村という構図なのである。さらに両者の「一手損」勝率には興味深い差があることに気がついた。丸山は先手番(一手損を受ける立場)での勝率が7割近いが、後手番(一手損を仕掛ける側)での勝率は5割ほど。いっぽうの木村は、先手番での勝率は5割ほどだが、後手番での勝率は6割を超えている。つまり、先手丸山・後手木村という構図は、互いに得意とする方に立っているというわけだ。おそらくはその自信の表れが、開始5分での第1図につながったのだろう。

■にらみ倒しを狙う▲7七角

 驚いた理由はもうひとつある。盤上には、同日の午前中に行われた▲深浦康市―△木村一基戦と同じ手順が再現されていたのだ。異なる展開になったのは、丸山が▲7七角(第1図)と打った局面。深浦は単に▲2四同銀から銀交換したが、丸山は7七角を据え、そのにらみで3筋・2筋に圧力をかけつつ、左側では陣形の進展を目指した。第1図以下、実戦は△8二飛▲2四銀△同銀▲同飛△2三歩▲2八飛△4四銀(第2図)と進む。

 △4四銀のところ、過去の実戦例では△5五銀打が多かったが、木村は控えて打った。△5五銀打は角のラインを受けつつ先手の角そのものを攻める含みがあり、積極的。受けるだけなら△4四銀のほうが安定している。公式戦での実戦例が少ない手を選んだのは、持ち時間の少ない将棋であることも考えに入れてのことだろう。

 第2図から丸山は予定通り▲8七銀と立ち、壁銀を解消した。木村はすかさず△3六歩。早繰り銀に対する急所の筋で対抗する。丸山は▲4六銀と銀を投資して、手厚く飛車のコビン攻めを防いだ。局面が収まってしまえば、陣形の差が大きくものを言ってくる。

 だが、木村の次の一手が、丸山の構想を打ち砕く好手だった。

■収まらない局面

 △8五歩(第3図)が機敏な一手。何げないようだが、先手に▲8六歩を打たせないようにして、銀冠の完成を防いでいる。同時に攻めの拠点にもなっており、厳しい攻めが避けられない。▲4六銀と銀を手放した時点での「じっくり戦おう」という丸山の思惑は大きくはずれた。丸山は「▲4六銀を打ったから長くゆっくり指さなくちゃいけないのに、△8五歩でゆっくりできなくなっちゃった」と話した。木村も「△8五歩で持ち角がものを言う展開になりましたよね」と、手応えをつかんでいたことを明かした。

 なんとか局面を緩やかな流れに持ち込みたい丸山は、第3図から▲2六飛△4一玉▲2八歩!(第4図)と驚くべき手で勝負する。▲2八歩は、▲3六飛のときの△2八角を防ぐ意味だが、それにしても一度切った歩を飛車の後ろに打つのは屈辱的だ。丸山の苦しい胸の内がうかがえる。

 第4図以下△6五銀▲7五歩△7四歩▲6六歩△8六歩▲同角△7六銀▲8八歩(第5図)の進行は、まさに木村の独壇場。まず△6五銀で、木村の攻めがクリーンヒット。このパンチの痛さは、丸山が局後に「これは投了級、勝負できる順がない。気分は投了」と降伏宣言したほどだ。続く△7四歩も鋭いジャブ。丸山も▲6六歩で応戦するが、狙いすました△8六歩が、急所をとらえるカウンターになった。▲8八歩は涙の出るような我慢。よろめく丸山の足元が目に浮かぶようだ。

■一刀両断

 ▲8八歩(第5図)は△8七銀成に対する▲同歩の用意。6七にスキを作らないための措置とはいえ、8筋が壁形になってはつらすぎる。△8五銀〜△7五歩くらいでも後手十分の局面だ。丸山が席を外している間、唐突に、ふとしたしぐさで木村の指が動いた。そっと音を立てずに指された手は△8六飛。これぞプロの斬れ味をまざまざと見せつける一手だった。▲8六同銀に△3四角と打たれたところでは、驚いたことに先手に適当な受けがない。この角打ちを見た丸山が深く息を吐く。大きな扇子を持つ手が小刻みに震えていた。

■木村、完勝

 木村は順調に先手玉を寄せていく。その途中では、丸山の着手が完了しないうちに、駒台の駒に手をかけ前傾姿勢になる場面もあった。次の手が指したくてしょうがないと言わんばかりの姿は、まるで子どものよう。それは同時に、この将棋が間違えようのない終盤を迎えていることを示してもいた。

 ▲3八飛(第6図)は、丸山の最後の抵抗。次に▲3六飛寄で後手玉に詰めろがかかる。後手は歩切れなので、かなりの迫力だ。だが△3七歩成が軽手で、最後に残った丸山の希望を砕いた。▲同飛は△6八金までの詰みなので銀か桂で取るよりないが、二枚飛車の連携が途絶えては逆転の望みはない。

 △5九金(終了図)を見て、丸山はすぐに投了を告げた。以下は▲6八玉△5八馬▲7七玉△7六金までの詰みとなる。

■「一局でも多く」

 「いや、全部悪い手だった。指せば指すほど悪くなる」。終局直後、丸山があきれたように笑った。「指し手がちぐはぐで、組み合わせが悪かった。▲7七角(第1図)と打ったからには慎重にならないといけないのに、手拍子でぽんぽん指しちゃった」。感想戦は口頭だけで簡単に行われ、数分で終了した。

 丸山が退室した後、ベスト4に進出した感想を木村に尋ねた。木村は表情を変えず、少し考えてから「相手は決まってるんですか」と逆に聞いてきた。いいえと答えると、「そうですか」と一瞬横に目をやり、また向き直る。「ま、一局でも多く指せるようにがんばりたいと思います。ええ」。そんな素っ気ない答えを残すと、木村はさっと立ち上がって対局室を後にした。

 木村、初のベスト4進出。次は準決勝を戦う。一局でも多く指す――。それはつまり「決勝に行く」という宣言にほかならない。

 充実した木村の静かな闘志を感じさせる一言だった。

(松本哲平)

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