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<  第4回朝日杯オープン戦第24局  >
準決勝 ▲渡辺明竜王―△木村一基八段

木村、逆転で決勝へ

対局日:2011年2月12日

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■いよいよ準決勝

 第4回朝日杯将棋オープン戦も、準決勝2局と決勝を残すのみとなった。「有楽町マリオン」で行われる、ファンを招いての公開対局に勝ち進んだのは羽生善治名人(前回優勝者)、渡辺明竜王、郷田真隆九段、木村一基八段。いずれも持ち時間6時間の順位戦でA級以上に名を連ね、持ち時間の多少に関わらず高い技術を見せてくれる。この日に指された将棋は、彼らの無言のプライドを感じさせる好局ぞろいとなった。

 準決勝の組み合わせは、羽生名人―郷田九段と渡辺竜王―木村八段。まずは渡辺竜王―木村八段の将棋をご覧いただこう。

■藤井システムの思想

 ▲7六歩△8四歩から始まった本局は、先手番の渡辺が矢倉早囲いを目指す展開となった。この指し方は四間飛車の大家であり「藤井システム」の創始者として知られる藤井猛九段が、従来の矢倉早囲いの手順を洗い直して復活させたものだ。

 渡辺も木村も、この作戦を用いた藤井に敗れたことがある。渡辺は優秀性を確かめるため、木村にとってはその後の研究成果を披露するための舞台となった。

 本局で示された藤井流への木村の対策は、6一金・4三歩型のまま△7三銀と繰り出す積極的な陣構え。囲いを作る手を後回しにして攻撃態勢を整えていく手法はどこかで……。そう、四間飛車の藤井システムの「形にこだわらず、現局面で価値の高い手を先に指す」という思想に合致するのだ。

 先手は後手の速攻に対応するため、早囲いを断念した。進んだ第1図について、渡辺は「どこでおかしくしたのか、すでに自信がない。局面のまとめかたがわかりません」と首をかしげた。次に△7四銀から△7五歩と押さえる形になれば後手十分になる。

 渡辺は第1図から2筋の歩を交換し、△7四銀に対しては▲7五歩から銀交換に持ち込んだ。しかし「これでは実戦的にあやしく指しているだけ。1歩損しており、局面としては先手が苦しいです」と渡辺。序盤は木村がリードを奪った。

■木村が有利に

 第2図は渡辺が▲4五桂と跳ねたところ。銀と桂が後手陣に迫る格好になっているが、やや攻め駒が伸びきってしまっている。

 木村は第2図から、ガッチリ△2二銀と投入。通常なら持ち駒の銀を打って壁形を作る手などあり得ないのだが、この場合は好判断だった。以下▲8八玉△3七歩成▲同銀△3三歩▲同桂成△同銀引▲同銀成△同銀と進み、後手の桂得となった。

 木村は「桂得しても、まとめかたが難しい」と油断していなかったようだが、やはり現実的な駒得は大きく、後手に分のある形勢だ。

■依然として木村良し

 第3図の△7三桂は、遊び駒を活用する味の良い一手。7筋の歩が切れているため、△6五桂と跳ねる手が厳しくなっている。

 第3図から▲2二歩△同金▲6四歩△同角と進んで、ようやく木村は「少し良くなったか」と感じたという。そこで▲6三歩△同飛▲7四銀は、「△4六角▲6三銀不成△2八角成とされて、後手玉が寄らないので負け」と渡辺。玉の逃げ道をふさいでいる3一角がさばけたことで、後手は攻め合いの順を選びやすくなっている。

 戻って第3図では単に▲7四銀と打つ手があった。△6五桂と跳ねられてしまうが、▲7三銀成△6一飛▲7二銀△5一飛▲6二歩と飛車をいじめて勝負する狙いだ。渡辺は「感想戦で思いついた順だけど、こちらだったかもしれませんね」。後手玉は飛車角に挟まれた窮屈な格好で、本譜よりもアヤがあった。

■逆転

 局面は木村のペースで進んでいる。第4図は△8七歩▲同玉と先手玉をつり上げたところだが、ここで△9五桂と打ったのが急ぎすぎだった。すぐに王手をかけるのではなく△8五歩と力をためておけば、まだ優位を保つことができたのだ。

 感想戦では△8五歩以下、▲7五角△7四飛▲5三銀△7五飛▲5二銀不成△同玉▲7五歩△8六歩(参考図)が並べられ、「たしかに、これならやれそう」と木村。参考図から▲8六同金なら△8五歩と押さえ、上から押していけばいい。後手玉は危ないように見えて、まだ詰めろが掛からない形だ。

 本譜は第4図から△9五桂▲9八玉△3九角▲3八飛△6六角成▲同金△同飛と一気の攻略を目指したが、そこで指された▲9六角が攻防の一着。形勢は渡辺に傾いた。

■勝勢からの暗転

 大盤解説会場では、第1回朝日杯覇者の行方尚史八段が「渡辺勝勢」と断言。そしてもう一局の準決勝・羽生―郷田戦が佳境を迎えたため、解説はそちらに移行した。まさか、その後に大逆転劇が起ころうとは……。

 第5図は渡辺が▲3四銀と打ち、後手玉の逃げ道を封鎖したところ。先手玉はまだ堅く、詰めろどころか2手すきも掛からない格好だ。確かに大勢決したようにも見えたが、ここで木村の指した△8八歩が渡辺の心を惑わせた。渡辺は「▲3四銀と打って、次の▲7四銀が詰めろだから勝ちだと思った。でも飛車を取る変化が詰まないなんて、ひどい。△8八歩が入るような将棋ではなかったはずだから、▲3四銀と打った手がまずかった」。

 整理しよう。まず第5図の▲3四銀では、▲7四銀△3五飛▲3六歩△同飛▲6四角とすれば明快だった。渡辺は△4三玉から上部に逃げられる順を気にして▲3四銀と打ったのだが、これは慎重すぎた。

 次に第5図から△8八歩と打った本譜について。渡辺は▲7四銀△8九歩成▲6三銀打から後手玉を詰ましにいったが、△5三玉▲5四銀不成△同玉▲6五銀△同玉で不詰め。「飛車を取る変化が詰まないなんて」という渡辺の嘆きは、この順のことを指している。なお△8八歩に▲同玉は、△5六馬と銀取りに引かれる手があり、非常に指しにくい。厳密にはそれでも先手が残していそうだが、▲3四銀から▲7四銀の組み合わせが詰めろだと見ていた渡辺の選択肢には入らなかった。

 また△8九歩成の局面で、▲6三金△4一玉▲8九玉と手を戻して反省する順はあった。以下△3九飛▲9八玉△8八歩には一回▲7八銀と手を入れ、次の▲4三歩を楽しみにする。後手にも手段が多くとても先手勝ちとはいえないが、少なくとも激戦は続いたことだろう。

 終了図は後手玉に詰みがなく、先手玉は△8八金までの詰めろ。受けるなら▲8九玉くらいだが、△3九飛と打たれて合駒がなく詰んでしまう。

 終局間際、渡辺は吹き出る汗をしきりに拭いていた。自分のミスに気付いて背筋が凍るあの感じ、直後にドッと出る汗はプロもアマも何も変わらない。

 「恥をかいた」と頭をかく渡辺。突然転がり込んできた勝利を、神妙な面持ちで受け止める木村。その表情を、ぐるり囲んだファンが間近で見た。それだけでも公開対局が行われた価値は十分にあったはずだ。

(後藤元気)

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