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<  第4回朝日杯オープン戦第26局  >
決勝 ▲木村一基八段―△羽生善治名人

受けの本領発揮、木村が初優勝

対局日:2011年2月12日

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■角換わり腰掛け銀

 第4回朝日杯の決勝戦は、木村と羽生の顔合わせとなった。木村には初優勝、羽生には連続優勝が懸かる。過去の対戦成績は、羽生の20勝7敗1千日手。だが、ふだんの研究会では両者の星はこれほど偏ってはいないという。木村には直前の準決勝で、渡辺竜王を大詰めの終盤戦でうっちゃった勢いがある。臆することなくのびのびと、ビッグチャンスをモノにしたいところだ。

 戦型は角換わり腰掛け銀。今回は準決勝からの3局とも▲7六歩△8四歩の出だしで、大盤解説場の行方八段は「なんだかホッとしますね」と心情を吐露した。約1年前、同形腰掛け銀の変化で後手にイヤな筋が見つかり、居飛車党同士の対局で▲7六歩に△8四歩と突く手がためらわれる受難の時期がしばらく続いた。その影響で相矢倉の将棋までが減少していたのだが、この3〜4カ月で状況が随分と変わった。後手にもいろいろなアイデアが生まれ、けっこうやれそうなムードが出てきたのだ。その突破口を開いた代表的な棋士として真っ先に名が挙がるのが、準決勝で敗れた渡辺竜王と郷田九段の二人である。とにもかくにも、戦法の幅がいたずらに狭まる危機を回避できたのは喜ばしい。

 後手番一手損でない純正角換わり腰掛け銀は、実はこのカードでは初めて。▲7六歩△8四歩からは、これまでは相矢倉に進んでいた。

■重苦しい空気

 羽生の△2二玉(第1図)は自然なようでも、このタイミングでは思いきった選択といえる。主戦場に近づくので▲2五歩〜▲4五歩の仕掛けに、それなりの覚悟が必要になるからだ。

 ここまでの序盤で、先に注文をつけたのは羽生だった。▲9六歩の打診に△9四歩と受けず、▲9五歩の突き越しを許したのが趣向。端の位は終盤で玉が上部脱出を図る展開になった場合に威力を発揮するが、後手にも素早く中央から動く駒組みが可能になる。△6二金〜△8一飛で攻撃的な陣をしいた直後の△2二玉は、羽生ならではの柔軟なバランス感覚といえよう。

 だが、木村も負けてはいなかった。第1図では前述の順で攻勢を目指す指し方もあったし、▲2五歩△3三銀に▲6六歩と突き、△6五歩と先攻させてから攻め合いに出る方針も考えられた。そのどちらでもない▲8八玉には、身上である「引っ張り込む受け」への絶対の自信がうかがえる。が、本当に大丈夫なのか。

 「さあ攻めていらっしゃい」と言われれば羽生も△6五銀と出るしかないが、この手に▲同銀は△同桂で文句なく後手がいい。▲5五銀とかわすのも△5四銀に▲同銀△同歩▲6三銀△同金▲7二角△7一飛▲6三角成△6五桂が一例で、先手の苦戦は明らかだ。自己の戦闘スタイルに忠実であろうとするあまり、木村が早くも形勢を損ねてしまったのではないかという重苦しい空気が、大盤解説場に充満した。

■羽生リード

 △6五銀に▲4五歩が先手期待の一手だったが、△7五歩から攻め立てられて△6九角(第2図)が厳しかった。▲5八銀は△7八角成▲同玉△8六歩▲同歩△同飛▲8八歩△8七歩▲同歩△7六飛▲7七桂△8九銀で先手が悪く、▲6六歩も△7六銀が強力な一手で崩壊は時間の問題となる。本譜は攻防に▲5五角だが、やはり△7六銀の重しは先手にとってかなりの脅威だ。対して▲7九玉は、△7八角成▲同玉△8六歩▲同歩△同飛で単純にダメ。▲9七銀も、△6三金▲4四歩△5四金▲6六角に△3三銀から△4四銀を狙われ、1歩持たれると△8六歩からの攻めがきつい。木村は▲9八銀としのいだが、△6三金▲4四歩△5四金▲6六角に、今度は△3三桂(第3図)が羽生の柔らかい応接で、形勢は後手が圧倒的優位に立ったように思われた。

■木村の踏ん張り

 第4図は、後手の飛車先交換に対し先手が▲8七歩と打った局面。いったん△9六飛と寄り▲3四歩に△8六歩と合わせる手が強烈に映ったが、これには▲7九玉で先手が耐えている。以下△9八飛成▲同香△5八銀が怖いものの、▲同飛△同角成▲3三歩成△同銀▲4三歩成は先手玉が詰まず、後手玉は詰めろが続く形で先手の勝ち筋となるのだ。つらい状況でも、先手はギリギリ致命傷を免れていた。これは決して偶然の産物ではなく、独特の危機意識に裏打ちされた木村将棋の懐の深さのなせる業なのに違いない。

 本譜の△7七歩もひとつ間違えるといっぺんに寄せきられる怖い攻めだが、木村はよく踏ん張った。▲7七同桂△同桂成に(1)▲同金が読みの入った受け。この手で(2)▲7七同銀は△同銀成と取られ、▲同角は△7六飛で次に△8五桂がきつく、▲同金は△6六飛▲同金寄△8五桂で防戦が困難になる。(1)▲7七同金以下は、△同銀不成▲同銀△6六飛▲同金の進行。7七に銀を残せば、△8五桂には▲8六銀△6五歩に▲5六金(!)が木村調の粘りで頑張れる。

■ついに逆転

 先手が▲8二飛と打ち込んだ第5図が、本局のハイライトシーン。ここで羽生は△9六桂と打ったのだが、この手がなんと敗着になった。▲9七玉に△7七角成と進んだ本譜は、一見するとむしろ先手の敗勢を思わせるが、次の▲4三銀が威力抜群の切り返しだった。先手玉は9八の銀がよく利いて、不思議な耐久力がある。

 △9六桂では△3七角成が正着。桂を手駒に補充し、飛車が逃げれば△6五歩を狙いにする指し方を採れば後手が指せていた。△3七角成に▲4三銀△2八馬▲4二銀成は、△1三玉▲3二成銀△2四玉で後手玉がつかまらない。▲4二銀成で▲2四桂(△同歩なら▲3二銀不成)も、△4八飛▲9七玉に△4三金で後手勝勢。

 本譜は▲4三銀以下、△8八桂成▲3二銀成△1三玉▲7六金打△9八成桂▲同香△8八銀▲9六玉△7三銀(第6図)と進んだ。途中△1三玉に▲8八飛なら△9四歩で先手玉があっという間に受けなしになるところだったが、木村の▲7六金打がすばらしい好手だった。次の△9八成桂で△8七成桂は、▲同銀△同角成▲同飛成△同馬▲同玉△8九飛▲8八角△7九銀に▲2五歩が▲2二角△1二玉▲2四桂以下の詰めろになって先手が勝つ。

 また本譜△8八銀のところ、△9五馬も▲8六金△8五歩に▲9五金△8六銀▲9六玉△9五銀▲8五玉△8四銀打▲7六玉で、先手の受けきり勝ちとなる。

■傷だらけの生還

 第6図以下は、▲8一飛成△2四玉▲7七金△同銀成▲2七桂△9四歩▲3六桂△同角成▲1一竜△9五歩▲8五玉△8四歩▲8六玉(終了図)まで。▲2七桂で3五への玉の脱出を阻み、▲3六桂の犠打を絡めて▲1一竜が好手順。後手玉は△3五歩と逃げ道を開けても、▲4二成銀が▲1三銀以下の詰めろになるので受けが利かない。先手玉には即詰みがなく、▲8六玉を見て羽生が投了。木村の勝利が決まった。

 割れんばかりの拍手の中、行方八段は「いくらなんでも木村君でも、という局面が長く続いたんですけれど、傷だらけの生還という感じですね。普通の神経じゃ持ちこたえられなかったと思いますけど人間あきらめちゃいけないですね」と本局を総括。さらに続けて「普通は(第4図で)△9六桂と打たれて7七の銀をボロッと取られては話にならないんですけどね。端の位が生きましたねえ」と感嘆の声を上げた。

 木村は一昨年の棋聖戦五番勝負で、2勝1敗からタイトル奪取を果たせなかった。途中から同時進行となった王位戦七番勝負でも、3勝0敗からまさかのストレート負け。後遺症は重くそれからは勝ったり負けたりのさえない成績が続いていたが、今回はその鬱憤(うっぷん)をはらすかのように全棋士参加棋戦で初の優勝を遂げたのだった。棋聖戦五番勝負で勝ちきれなかった相手は、ほかならぬ羽生である。その羽生を倒し、木村の完全復調がなったのかどうか。第4回チャンプのこれからが注目される。

(小暮克洋)

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