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2011年8月11日17時9分
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<  第5回朝日杯オープン戦第3局  > 1次予選1回戦 ▲一瀬浩司アマ―△阿部光瑠四段

新鋭阿部、大局観の勝利

対局日:2011年7月2日

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■立場を変えての挑戦

 午前8時半。プロアマ戦の会場となる朝日新聞東京本社の前に、スーツ姿の少年が所在なげにたたずんでいた。一目見て少年と判別させたのは、リュックサックとスニーカーという彼の格好だ。声をかけると、「控室がわからなくて」とはにかんだ。この少年が阿部光瑠四段、名は「こうる」と読む。青森県出身、プロになったばかりの16歳だ。

 阿部と対戦するのは、一瀬浩司アマ。今年5月に行われた朝日アマ名人戦全国大会で優勝し、プロアマ戦への参加資格を得た。元奨励会三段で、新人王戦では佐藤天彦四段(現六段)と対局した経験もある。現在はフリーランスのライターとして働き、昨年は取材する側で会場を訪れていた。今年は立場を変え、対局者として盤の前に座ることになった。

■意表の四間飛車

 阿部はデビューからすべての対局を居飛車で戦っている。一瀬アマは戦型を相居飛車と予想し、先後それぞれ2パターンほど作戦を立てた。しかし対局が始まると、阿部はそれを裏切るかのように飛車を振る。「びっくりしました」と一瀬アマ。後日このことを尋ねると、阿部は「居飛車も振り飛車も両方やるんです」とだけあっさり。

 阿部の四間飛車に対し、一瀬アマは居飛車穴熊を目指す。序盤について、一瀬アマは「手損して失敗」、阿部は「6筋の位が伸びすぎてまとめにくい」と感じていた。すんなり穴熊に組めた先手が勝ちやすそうに見えたが、ここから阿部が独特の構想を見せる。

 その第一弾が△6四金(第1図)。銀冠の守りの金が離れていくため、とても指しにくい手だ。ここでの焦点は▲4八銀が成立するかどうか。角筋を通して▲2四歩の仕掛けを狙う手だ。実戦は一瀬アマが警戒したために▲3六歩△7五歩と進んだが、この交換は先手の損。△7五歩が穴熊に圧力をかけて大きな一手になった。

■金をおとりに

 第1図から▲3六歩△7五歩▲4八銀。次に▲2四歩が見えている。阿部は時間を使って△9五歩(第2図)と突いた。このとき盤に向かう阿部は汗だく、一瀬アマは涼しい顔。しかし表情とは裏腹に、阿部はここで手応えを感じていた。一瀬アマも「一番嫌なタイミング」と感じ、10分以上の長考に沈む。そして▲2四歩で決戦に踏み切った。先手は飛車をさばき、後手は端を攻める。▲9二歩△同香を利かして▲6一飛(第3図)と下ろした局面は、先手の攻めが厳しく見える。一瀬アマもここでは自信を持っていたという。しかしこれは阿部の想定局面。「△9五歩のときに読んでいたんですけど、その通りに進むと思わなくて」。そして、これなら余せると、阿部の直観は告げていた。

 第3図で△9一飛が驚きの受け。▲同飛成△同玉▲6一飛で王手金取りがかかるが、手順に玉を遠ざけ、端だけで穴熊を倒そうとしている。「金が取れるから悪くないと思ったけど、あの玉があそこまで遠いとは思わなかった」と一瀬アマ。金を取らせても指せるという大局観は、まさにプロの芸だ。手番が回ってきた後手は待望の反撃に出る。端攻めは先手玉にとって致命の筋。局面の急所は、彼我の攻めの距離感にあった。この見極めが、両者の命運を分けることになる。

■時すでに遅し

 駒得を果たした一瀬アマは受けに回るが、△8二角(第4図)が好手。これが決め手になった。後手玉は奇妙な形だが、先手の攻めをまったく寄せつけず、果てしなく遠い。一瀬アマもここでことの重大さを悟ったが、すでに修正は利かなくなっていた。第4図から▲4四竜△7六歩と進み、はっきり後手優勢。玉頭を制圧された先手玉は受けがない。局後、阿部は「△8二角と打てれば勝ちと思っていました」と語った。優勢になってからは早い。以降はあっという間に先手玉を寄せてしまった。本譜△8九金以下は即詰み。8二の角が光っている。

 一瀬アマは「いつの間にか負けになった」と首をかしげる。感想戦では第1図で▲4八銀が検討され掘り下げられた。以下△4三銀▲2四歩△同歩▲同角△2二飛▲3三角成△2八飛成▲4三馬△4八竜▲5三馬△6三金引▲同馬△同金▲4一角△6二金▲7五歩△2八飛▲7四歩△7八竜▲同金△同飛成▲7九金(参考1図)。手順が長くなってしまったが、ポイントは金取りの先手で▲5三馬と寄れること。参考1図まで進めば先手よし。ここまでが感想戦での結論だ。後日、阿部に話を聞くと、「きちんと研究すれば難しい」と答えが返ってきた。手順中▲7五歩に△2八飛ではなく、△5二歩▲7四歩△同銀▲7五歩△8三銀▲7四銀△7二銀打(参考2図)。以下千日手なら後手十分だと。またこれを打開するのがいかに難しいか、説明のための手順が延々と続いていた。それを読みながら、阿部の心の声を聞いた気がした。「将棋はそんな簡単に決まらないんだ」と。

■これから

 今回の結果について、一瀬アマはあくまで冷静だ。「9勝1敗は普通。昨年の10勝も当たり前」と淡々と話す。話題をアマチュア選手の活躍に移し、三段リーグ編入試験について尋ねる。すると「私は受けないですね」ときっぱり。「まず二段と対局して6勝2敗というのがきつい。仮に入れても4期でしょう。当然順位が低いから、13勝しても上がれない。10勝すれば順位は結構上がりますけど、2期続けて10勝以上するのはかなり厳しい」。重い言葉だが、実際に三段リーグを経験した者としての、素直な意見なのだろう。私が次の質問を探していると、一瀬アマはぽつりと言葉を継いだ。「ただ、プロ編入試験は受けてみたいと思います」

 阿部は棋士になってから両親とともに東京へ引っ越してきた。まだ人混みには慣れない。現在の成績は2勝5敗と厳しい数字だ。「次の目標は?」と尋ねると、「多くの棋士の方に教えてもらいたい。今年はそれが目標です」と答えた。一次予選、次の対戦相手は橋本崇載七段。さっそくの強敵を前に、「楽しみです」とあどけない笑顔を見せた。

(松本哲平)

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