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2011年8月19日17時26分
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<  第5回朝日杯オープン戦第4局  > 1次予選1回戦 ▲林 隆弘アマ―△佐々木勇気四段

期待の新鋭佐々木が圧倒

対局日:2011年7月2日

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■注目の新人

 佐々木勇気の登場である。2010年10月に16歳で四段となり、ここまでの成績は9勝6敗。名人候補ともいわれる前評判からすれば物足りなさもあるが、本領を発揮するのはこれからだろう。

 定刻20分ほど前に対局場に姿を現した佐々木は、目を伏せるようにして上座についた。対局時はまだ16歳(8月5日で17歳)、糸くずひとつ付いていない詰め襟姿は、将棋とは別の彼の日常を想像させる。

 林隆弘アマは学生名人など10代のころから活躍する強豪だ。攻守にバランスが良い棋風で、容易には崩れない底力が持ち味。過去のプロとの公式戦は2勝2敗と指し分けており、阿久津主税四段(当時)を破った実績がある。

 両者が向かい合い、佐々木が頭を下げて駒箱に手を伸ばす。まだ儀礼的な所作に慣れていないのか、その動作はぎこちない。記録係の飯野愛研修会員が振り駒を行い、林アマの先手で対局が開始された。

■後手作戦勝ち

 ▲7六歩△8四歩▲5八金右と、やや珍しい出だしから入った本局は矢倉模様の将棋となった。

 第1図からは△8六歩が見えているが、▲同歩△同角▲同角△同飛に▲2二角の反撃筋が成立する。以下、△3三角▲1一角成△同角▲8七香と飛車を取れば、陣形の差が大きく先手よしだ。

 佐々木は第1図から△4二玉〜△3三玉〜△2二玉と、最短ルートで玉を美濃囲いに収めた。四間飛車の名手だった森安秀光九段が、袖飛車から玉を囲った順(7二飛・6二玉型から、△7三玉〜△8二玉)に似ている。

 この手順を見て、林アマは作戦失敗を悟ったという。早めに金銀を使って囲いの構築を急ぐのが3手目▲5八金右の趣旨だが、攻撃形を作るのが遅れるため、相手にも自由に駒組みされている。本譜は矢倉に必要な△3三銀〜△3二金を省略され、後手に主導権を握られてしまった。

■行き場のない銀

 しばらく進んだ第2図。▲5七角はいかにも筋の良い林アマらしい手で、▲6六角と上がる含みを見せて攻撃のバリエーションを広げている。

 佐々木は8筋の歩交換に成功したが、8四銀と7三角が凝り形になっており、すぐに先手陣に攻め込むのは難しそうだ。たとえば△9三桂〜△8五桂と遊び駒を活用する順、△6四歩から歩交換を目指す順などが有力だろうか。盤側でそんなことを考えていた記者は、佐々木の手が8四銀に伸び、小気味よい音を立てて9五に出るのを見て息をのんだ。狙いは?

 実戦の進行は△9五銀から、▲3七桂△8四角▲6八角△7三桂▲5七銀△6五桂▲同桂△6四歩と進み、後手が指しやすくなった。▲3七桂と跳ねたことで3筋から動けなくなり、後手に6筋から押し戻す順を与えてしまった。

 第2図からの△9五銀には▲1六歩と端を突いておいたほうが良かった。以下△8四角▲6八角△7三桂なら、そこで▲3五歩で攻め合い。▲1六歩に△1四歩なら▲1七香と上がっておき、次に▲3五歩を狙う。とにかく攻め合いの形を残さなければいけなかったのだ。

■妙手△5八桂成

 ここからは佐々木の独壇場となった。△6六桂のクサビを入れての△7三角(第3図)は実に気持ちのよい一手。

 さらに8筋、7筋に強力な拠点を作り、迎えた第4図。数手前に秒読みに入っていた佐々木は「拠点が大きいので、ここは何かあるはず」と直感していたという。勝ちを読み切ってこの局面に誘導したのではなく、自分の手を指し続けてたどり着いた。そこで△5八桂成(5図)という妙手があったのは、佐々木という棋士の天分、スター性を示すものだろう。実戦ではめったにお目にかかれない華麗な決め手だった。

 △5八桂成に▲同金は、△8八角成▲同玉△8七銀▲7七玉△7六銀成▲同玉△6六金(参考図)という詰み筋がある。△5八桂成に▲同飛も同様の変化で後手の勝ちとなる。△8七銀のときに▲8九玉と逃げれば詰みはないが、△7六銀成▲7四歩△8七歩成で後手の勝ちは動かない。

 林アマは狙いを看破して△5八桂成に▲7八金としたが、佐々木は△6八成桂▲同飛△7七歩から緩みなく寄せ切った。終了図以下は▲8七同金△9八金▲同玉△8七歩成の筋で即詰みとなる。

■英雄か悪役か

 本局から一カ月ほど前、日本将棋連盟東葛支部「柏将棋センター」の方々と酒席をともにする機会があった。柏将棋センターは石田和雄九段が師範を務め、会員数全国一を誇る。石田九段門下の佐々木は、小学生の頃からこの支部に通っていたという。

 ある人は顔を赤くして「勇気君は不器用だから誤解されやすいけれど、とてもいい子なんですよ」と話す。たしかに奨励会時代の佐々木について「態度がよろしくない」、「敬語が使えないんじゃないか」、「定跡を知らない力将棋」と苦言を呈す人も少なくなかった。しかしそれは、必要があればこれから覚えていけばいいこと。なんとなれば周囲の思惑の裏を行くようなヒール(悪役)で通すのも面白いかもしれない。

 別のある人はベルトの上あたりに手をヒラヒラとさせ、「我々は彼がこんなころから知っているんです。電車に乗るカードを首からぶらさげててねえ」と目を細める。佐々木だけでなく、石田門下の俊英たちのこととなると、話は尽きることがない。実に楽しい時間をすごさせてもらった。

 今後、佐々木はどのような棋士になっていくのだろう。英雄かはたまた悪役か。いずれにせよ、ずば抜けた成績や結果を出してもっと目立たなければ、何も始まらない。

(後藤元気)

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