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2011年8月22日13時55分
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<  第5回朝日杯オープン戦第5局  > 1次予選1回戦 ▲船江恒平四段一△下平雅之アマ

千日手指し直しの大熱戦

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■プロアマ戦初の指し直し

 珍しいものを見た。

 7月2日午後2時に始まった船江恒平四段と下平雅之アマの対局は午後3時25分に千日手が成立。第1図はその局面だ。ここから▲2五桂打△2一桂▲3三桂成△同桂▲2五桂打と同じ手順が繰り返され、同一局面が4回出現して千日手となった。第5回を迎える朝日杯将棋オープン戦。恒例の開幕プロアマ戦で指し直しになるのは今回が初めてだ。

 運営の都合で指し直し局が始まるまでに少し時間ができた。駒を並べ終えたふたりは、笑顔で盤上を指さし、大きな声で言葉をかわしている。千日手局の感想戦だ。一般公開されている本局、入場しているファンも不思議そうにふたりを見ていた。これからもう一度真剣勝負が始まるとは到底思えない。

 対局開始が告げられる。ふたりはもぞもぞと背筋を伸ばして座り直し、「お願いします」と頭を下げた。今までの会話がなかったかのように、しれっとした表情になった。

■下平アマ、作戦勝ちに

 一転して緊張感の漂う対局室。船江は6手目に△3二飛(第2図)と指した。千日手局と同じく三間飛車。居飛車党の船江が三間飛車を連続で使ったことは意外だった。

 一方の下平アマは振り飛車党だが相振り飛車はあまり指さない。相手が飛車を振ると自らは居飛車にする「対抗形」を好む。千日手局に続いて本局も下平アマが居飛車。得意形を相手に譲り合った。

 第3図で下平アマは▲2六歩と突く。「しびれた」と船江。以下△4三銀▲2五歩△3二金▲3五歩△3三飛(第4図)と飛車を抑え込まれ、後手が苦労する形になった。

■福岡のアマ棋界を支える下平アマ

 下平アマは福岡県筑紫野市在住。建設業に従事する傍らで地元アマ大会や教室の運営に携わっている。昨年には下平アマが中心となって、大野城市に福岡将棋会館が建設された。道場と子供教室があり、150人規模の将棋大会を開くこともできるものだという。下平アマも仕事が終わったあとに指導にあたっており、講師陣を慕って遠方から通う子供たちも多い。プロアマ戦に出る下平アマは、教室の生徒たちのよき見本となっているのだろう。

 下平アマは序盤は好調だったが、長い中盤戦の根比べで少しずつ消耗していった。第5図は歩を取りながら5五の銀を4四に出た局面。銀が動くと△4七飛成が生じる。下平アマは「いいはずなのに変だな」と思っていた。

■新人棋士、船江

 船江は昨年10月にプロになった新人で、朝日杯に出場するのは今回が初めてだ。兵庫県加古川市在住で、同市在住の井上慶太九段門下。1998年、小学5年生のときに小学生名人戦で準優勝(優勝は高崎一生・現五段)。同年に奨励会に入会し、12年かけてプロまでたどりついた。デビュー後は、長い奨励会時代のうっぷんを晴らすように勝ちまくっている。この対局前の時点で14勝5敗(勝率0.737)と好成績を収めていた。

 船江は苦しめの序盤から徐々に盛り返し、第5図は「思っていたほど悪くならなかった」と手ごたえを感じていた。対局中の表情は穏やかで、時には笑みを浮かべている。

■船江、リードを奪う

 第5図から△5四角成▲5五銀△3二馬▲5八金上△4五飛▲3六飛△2五飛▲2六歩△3五歩と進んで第6図。ここで下平アマは▲4六飛△4五歩としてから▲2五歩と飛車を取ったが、単に▲2五歩がまさった。以下△3六歩に▲6四銀△3九飛▲6三歩と攻めていけば、攻め合いに持ち込めた。

 本譜は△4六歩に▲同銀と手が戻ったことで、船江が攻める展開に。後手の馬も強力で、船江が徐々にリードを奪っていった。

 下平アマは顔を真っ赤にして考えている。左手はハンカチと扇子をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばっている。対局が始まった時からほとんど表情が変わらない船江とは実に対照的だ。「苦しかったけど、みんなが見ているので投げられなかった」という。

 下平アマの粘りにあって船江は苦しんだが、指し手は確実だった。少しずつ駒得を重ねていき、寄せ形を築いた。

■楽しくて仕方がない

 先手玉に即詰みが生じたとき、船江はうっとりと目を細め、遠くを眺めた。何を考えていたのだろうか。午後5時3分、船江が△8八桂成と指したところで下平アマが駒台に手を置いて「参りました」と投了を告げた。

 終了図からは▲8八同銀△同金▲9七玉△7五馬▲8六銀△8七金以下、先手玉は詰んでいる。▲9七玉と逃げるのも、△7五馬▲8六銀△8七成桂▲同玉△7六銀▲7八玉△6七角以下の詰み。千日手局と指し直し局を合わせると218手の長い戦いだった。

 感想戦後、関係者のみで行われた打ち上げにふたりは出席した。下平アマは熱っぽく将棋ファンを増やす方策について語った。

 一方の船江はとびっきりの笑顔で叫んだ。「私ね、最近、将棋が楽しくて楽しくて仕方がないんですよ。いや、本当に!」。対局中に笑みを浮かべていたように見えたと伝えると「笑っていたかもしれないですね。楽しいので」。人懐っこい笑顔がますます、くしゃくしゃになった。

(諏訪景子)

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