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2011年12月8日17時29分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第12局  > 2次予選決勝 ▲鈴木大介八段―△伊藤真吾四段

伊藤、逆転で初本戦

対局日:2011年11月18日

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■相振り飛車

 Aブロックの決勝は鈴木大介八段と伊藤真吾四段の一戦となった。

 戦型は相振り飛車。鈴木は先手番で、伊藤は後手番で、それぞれ相振り飛車の勝率は6割を超えている。得意の戦型と言っていいだろう。

 序盤早々に7筋の歩を交換された伊藤は金無双に組んだ。このままでは先手の美濃囲いに堅さ負けする恐れがあったため、伊藤は△9五歩(第1図)と積極的に動く。

■早くも先手良し

 第2図の△5三角は飛車取りになっている。先手が飛車を逃がせば△9五歩▲同香△同香▲9六歩に△3五銀と2筋を攻める狙いだ。しかし第2図から中空に放った▲7五歩が妙手。対して△7五同角は▲7六飛の角取りで逆先を取られ、角を逃がせば▲9一香成で香を取られてしまう。伊藤は▲7五歩に対して仕方なく△9四歩と受けたが、▲9四同香△同香▲8四歩と強く踏み込まれてしまった。

 鈴木は早指しの名手として知られる。本局でも決断の良さが目立った。飛車を取らせる間に8筋に拠点を築き、▲8三角(第3図)と打ち込む。この時点で伊藤に対して消費時間で10分以上の差をつけている。第3図の局面で先手陣は平和そのもの、対する後手陣は早くも火の手があがっている。形勢は先手良しだ。

■成香の攻め

 攻めが遅れている伊藤としては、何とかして手を稼がなくてはならない。△8九飛(第4図)はその第一歩。▲8三馬△5一玉▲7二とは△8三飛成があるので、先手は▲8三馬と王手で歩を補充できない。

 この△8九飛が本局の流れを変える。鈴木は第4図から▲7九桂と受けたがどうだったか。結果からいえば、この桂は十数手後にただで取られてしまった。飛車を下ろした伊藤は、さらに△9七香成と攻め駒を足す。手数がかかるが、この成香を使って攻めようというのだ。根性の一手である。

■フリークラス

 振りかえってみれば、本局は伊藤の将棋人生そのもののように思える。

 伊藤は三段リーグで次点を2回とって四段になった。ただし所属クラスはフリークラス。10年以内にC級2組に昇級しないと引退に追い込まれてしまう。昇級規定はいくつかあるが、代表的な規定は「良いとこ取りで直近30局以上の勝率が6割5分以上」の成績を収めること。これが難関なのだ。

 連勝と連敗を繰り返す日々。トーナメントを勝ち上がれず、2カ月以上対局がつかなかった時期もある。伊藤は将棋連盟の控室の常連だが、その時期は控室で検討していても他を寄せつけない雰囲気があった。他者は想像するしかないが、身を焼かれるような日々だったのではないか。本局の中盤戦は、その苦しかった時代を連想させるような我慢が続いた。

■投げ出さない

 しかし伊藤は投げ出さなかった。7月の本棋戦の一次予選が始まると、そこから連勝を続け、10月26日に21勝11敗の成績でC級2組への昇級を決めた。

 本局でも序盤の失敗に嫌にならず、少しずつ差を詰めていった。第4図から第5図までの進行を並べてみると、受けの手と攻めの手を交互に指していることが分かる。特に第5図の△3三玉の早逃げは、本局を象徴するような一手だ。代えて△6七桂と攻めたくなるが、それは▲6八銀△同馬▲同金△同竜の局面で先手玉がゼット(絶対詰まない形)なので、先手の猛攻を受けてしまう。

■逆転勝ち

 第5図で鈴木は▲3一銀としたが、「敗着だったかもしれない」と悔やんだ。後手は手抜いて△6七桂。次に△5九桂成が△4九成桂以下の詰めろになっている。対して先手は▲2二銀不成と飛車を取っても△同玉でうまい詰めろがかからない。ここで形勢の針は後手に傾いた。

 △6七桂から伊藤が猛烈な追いこみを見せて第6図。先手は攻めるなら▲6三飛だが、△4四玉▲4三馬△4五玉▲4四金△同銀▲4六金△同馬▲同歩△同玉で詰まない。鈴木は1分将棋の中、ギリギリまで読みを入れたが、最後は力なく▲4九金と受けて肩を落とした。以下は△4九同成銀▲同銀△2六香▲3八銀△4八金と進んで先手玉は受けなし。鈴木は最後に後手玉を追って、明確に詰みがない局面まで進めて投了を告げた。

■これからの棋士

 終局直後は両者無言。重苦しい空気が場を支配した。しばらくして感想戦が始まったが、盤上の駒はほとんど動かされなかった。

 感想戦が終わると伊藤は席を外した。ひとり残された鈴木は「もったいない将棋でした。楽観するのが早すぎました」と記者に語った。しかし、その表情はぎこちない。鈴木は今にもゆがみそうな顔を隠すように、さっと窓の方へ顔を向けた。窓の外には鳩森神社の木々が揺れている。鈴木がどのような表情でそれを眺めていたのかは分からない。

 その後、鈴木が退室すると入れ替わるように伊藤が対局室に戻ってきた。本局の解説を伊藤にお願いすると「はい、いいですよ」と快諾。序盤から終盤まで細かく教えてくれた。

 伊藤はこれで公式戦15連勝。今期勝率でも単独1位に躍り出た。長い冬の時代を経て、ようやく前に進み始めた伊藤。これからが楽しみな棋士である。

(岩田大介)

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