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2011年12月22日22時34分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第15局  > 2次予選決勝 ▲菅井竜也五段―△山崎隆之七段

新鋭菅井、本戦へ

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■関西ブロック

 朝日杯オープン戦の二次予選は32人が8ブロックに分かれ、本戦進出をかけて対局が行われた。このうち2ブロックは関西本部所属棋士が集まる、いわゆる「関西ブロック」。近年の活躍が著しい関西勢の激戦が期待された。

 本局はそのうちの一つの二次予選決勝。午前に勝ち上がった山崎隆之七段と菅井竜也五段による決戦は、11月21日午後2時に始まった。

■「独往」の山崎

 山崎は1981年生まれの30歳。よく色紙に揮毫(きごう)することばに「独往」がある。

 独往とは、自分の信じる道を進むこと。その言葉通り、山崎は自分の感覚を信じて独創性の高い将棋を指すことで知られている。横歩取りでは「山崎流」と呼ばれる形があるが、それだけでは飽き足らずに工夫を重ね、「新山崎流」をも確立してしまった。

 しかし山崎が作り上げた局面は形勢がよくてもまとめづらく、山崎ほどの実力がなければ勝ち切るのが難しいため、爆発的な流行には至らないことが多い。局後の感想で「こちらが優勢なはずなのに、他に誰も指さない」と嘆くのを聞いたこともある。『新山崎流』は山崎が指し始めた8年半前から現在に至るまで多くの棋士が採用した、数少ない例である。

 本局、山崎は初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩△1四歩▲7八飛△5四歩(第1図)。「角交換には5筋を突くな」という格言に逆らうような手だ。先手はいつでも角交換ができそうだが、第1図ですぐに▲2二角成△同銀▲5三角と打ち込むと、△4五角がある。

 第2図まで進むと山崎の狙いが明らかになってきた。3筋・4筋の位を取り、△8七角から自陣に馬を引きつけ、厚みで押していく。本譜も△8七角〜△6五角成と馬を作ることに成功し、山崎は自身の構想に手ごたえを感じていた。

■感覚の違い

 菅井は1992年生まれの19歳。『関西若手四天王』と呼ばれた豊島将之六段・糸谷哲郎五段・稲葉陽五段・村田顕弘四段よりも若い新世代だ。今年8月には、第5回大和証券杯ネット将棋最強戦で棋戦初優勝を果たしている。デビュー後1年半ほどでの棋戦優勝は、1回戦で羽生善治名人(当時)を破ったこともあって大きなインパクトを世間に与えた。

 岡山市在住の菅井を支えるのは、対局前や対局後でも関西将棋会館で棋士や奨励会員と練習将棋を指す熱意だ。持ち時間が6時間あって終局が深夜になる順位戦のあとでも、朝、新幹線が動き出すまで徹夜で将棋を指し続けているという。

 この日の昼も、菅井は控室で将棋を指していた。相手は午前中に山崎に敗れた豊島六段。ゴキゲン中飛車と石田流が得意な菅井が気分転換に居飛車を指したときには、豊島六段がゴキゲン中飛車を指した。まるで公開スパーリング。少し離れたところには、戸惑いの表情を浮かべて立ちすくむ山崎がいた。

 局後、山崎は「しばらくして私も別の棋士と練習将棋を指したんですが、(振り飛車党の菅井がまず指さない)横歩取りにされました」と苦笑していた。

 世代間の感覚の違いか、第2図以降、穴熊に囲った菅井の見解は山崎が感じた手ごたえとは全く異なるものだった。「穴熊にして攻める展開になれば、悪くないと思っていました」。山崎は、感想戦でも苦笑いを浮かべた。

■山崎の錯覚

 小競り合いが始まった第3図。ここで山崎がふらふらと△8四同歩と応じてしまったのが、信じられないような錯覚だった。菅井が驚きを隠しきれずに「ひえっ」と叫ぶのとほぼ同時に、山崎の表情が変わった。

 第3図以降、△8四同歩▲6一角△7一飛▲7四飛△同飛▲9六角(第4図)。飛車が逃げれば▲5二角行成がある。▲6一角以下の手順は「次の一手」に出題されればアマチュアでも気づく人が多そうな筋だが、山崎のエアポケットに入ってしまった。第3図では△6三馬なら無難だった。

 まだ対局中にもかかわらず、山崎は己のひどさにあきれて笑っていた。しかし、山崎は第4図で考え続けた。苦しみながら逆転の道を探ることを選んだ。

■菅井の楽観

 第4図で残り10分のうち5分以上考えた山崎は、△8五歩▲同角△8四飛打▲7四角△同飛▲5五歩に△2五歩と突き、玉頭にアヤを求めた。陣形の差は大きく、先手が優勢だ。

 菅井はここが決め所と見て▲5四歩△6二銀に▲2四飛(第5図)と打ったが、楽観が指させた疑問手。▲2四飛では▲7七桂から自陣の駒の活用を目指すのが自然だった。

 ▲2四飛の狙いは本譜をたどるとわかる。第5図以下、△1二角▲6五銀△7八飛成▲6四銀。▲6五銀は△同歩なら▲5三歩成〜▲7四飛と飛車を抜く狙い。本譜の△7八飛成には▲6四銀と出て、5筋に殺到していって勝ちだと菅井は考えていた。

 ところがである。▲6四銀に△5一歩と受けられ、▲5三歩成△同銀▲同銀成△同玉(第6図)と進んで、菅井は局面が容易ならざることに気づいた。

 ピシパシとノータイムで指していた菅井の手が止まり、顔から余裕が感じられなくなった。時刻は15時を回っていた。いつしか日が傾き、赤い光が対局室にさしこんでいた。

■菅井、初の本戦入り

 第6図の局面で、「負けにしたと思った」と振り返ったのは菅井。見えていなかったという△5三同玉の局面を前にして焦りかねないところだが、まだ残していた持ち時間をしっかり使い、▲4一銀と打った。やはり先手の優位は動かない。終盤は穴熊玉が引きずり出されて玉頭戦になったが、制したのは菅井だった。

 終了図以下、指すなら△3四桂▲同銀△同角が考えられるが▲4四金がある。△4四同玉は▲5三竜以下の即詰み、△2二玉は▲3四金と角を取って先手玉が安泰になる。終局は15時39分。

 結果的には、第3図で△8四同歩としたあとは山崎にチャンスは訪れなかった。本譜でもギリギリ菅井が残していた。

 菅井はデビュー2年目で本棋戦では初の本戦入りを果たした。本局については「(△8四同歩と指されたとき)こちらが何かうっかりしているのかとびっくりしました。この将棋をここまで追い込まれるようじゃいけません」と笑顔なく反省したが、ネット最強戦に続く同一年度2棋戦制覇を期待したい。

(諏訪景子)

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