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2012年1月13日21時12分
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<  第5回朝日杯オープン戦観戦記第17局  > 本戦1回戦 ▲広瀬章人七段―△伊藤真吾四段

広瀬が快勝

対局日:2011年12月22日

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■奨励会時代

 第5回朝日杯将棋オープン戦本戦が昨年12月22日に東京・将棋会館で幕を開けた。

 午前9時半過ぎ、記録係が将棋盤を抱えて特別対局室に入ってくる。一枚の畳に並べて置かれる二面の将棋盤。窓側に木村一基八段−阿久津主税七段戦。入り口側はこれから紹介する広瀬章人七段−伊藤真吾四段戦。午後には将棋盤が一面片付けられ、夕方には1人の勝者だけが「有楽町マリオン」行きの切符を手にする。

 伊藤が奨励会に入ったのは1993年。実は筆者も同期入会だった。一緒にしては失礼なのだろうが、どちらも特に目立つところがなく、昇級のペースもたいして変わらなかったため、盤を挟む機会が多かった。彼と初めて指した将棋はたしか相矢倉で、互いに角で3筋と7筋の歩を交換する形だったと思う。勝敗は記憶にない。

 奨励会というのは不思議なところで、それほど熱心に勉強しなくても、ある程度の成績を保つことができる。同じレベルの人間と勝ったり負けたりするのは妙に居心地がよく、だから終わったあとに笑いながら麻雀(マージャン)卓を囲むこともできた。

 しかし、時がたつにつれ、そんな仲間が1人また1人と減っていく。あるものは奨励会を去り、あるものは手合いがつかないところまで駆け上がっていった。両者に共通するのは、ここにいてはダメだという危機感。行動に移せば何かしらの結果をつかむことができる。動けない人間は、ただただ押し出されるのを待つしかない。

 07年に伊藤が三段リーグ次点2回で四段になったとき、彼は相当に苦しんだのだろうなと思った。そして、これからもっと苦しいだろうなとも。

 一方の広瀬は98年に奨励会に入り、スーッと卒業していった。在籍7年は当人にしては長すぎたと感じるかもしれないが、周囲のイメージは「スーッと」である。何局か指した記憶はあり、模様の良さそうな将棋を穴熊特有の食いつきから逆転負けというのがパターンだった。互いに1手ずつ指しているのに、途中からは2手も3手も指されているような感覚。ああ、この人は才能があるのだなと思った。

■ゴキゲン中飛車の最新形

 戦型は伊藤のゴキゲン中飛車に、広瀬の超速▲3七銀戦法。第1図の△4四歩が流行しつつある手で、過去の実戦例はまだ4局だけ。そのうち3局は菅井竜也五段が指している。

 第1図から▲4六銀と出れば、△4五歩と突き返して激しい流れに持ち込む。序盤早々の乱戦は事前研究が生きやすいだけに、早指し将棋で注文を付けられては飛び込みにくい。

 ▲7八玉は玉形の整備を急ぎ、すぐに戦いになる変化を避けた手。局後に広瀬は「まだ指されはじめたばかりの形。整備されるのはこれからでしょう」と語った。

■想定外

 第2図の▲3四歩を見て、伊藤の手が止まった。事前の研究では▲4六銀を本線にしており、△4五歩▲3五銀△5七飛成(▲同銀なら△8八角成〜△5五角の王手飛車)のような豪快な攻め筋がある。上記の順は実戦例(2009年8月竜王戦 ▲深浦康市王位−△久保利明棋王)があり、以下▲3四歩△6六角と華々しく進展した。

 第2図に戻って、仮に△2二角と引けば、▲4六銀から同じように進んだときに▲3四歩の利かしが入っていることになる。広瀬はもうひと工夫を加え、△2二角には▲2四歩△同歩の突き捨てを入れて▲4六銀のつもりだったという。これなら△4五歩▲3五銀△5七飛成のときに▲2三歩△同銀▲2四銀の攻めが生じる。

 △2二角の変化に自信が持てなかった伊藤は△4二角を選んだ。早指しの将棋では事前の想定通りに進め、消費時間を節約するのが理想だろう。半面、道からそれたときには気持ちが不安定になりやすい。伊藤はこのあたりから小刻みに時間を使いはじめた。まだまだ、これからの将棋だ。

■振り飛車らしい

 ▲5五銀左(第3図)は堂々たる進軍だ。このあと▲3七桂〜▲3五銀と進めば後手陣を押しつぶすことができる。後手苦戦を思わせるが、ここからの伊藤の指し手がいかにも振り飛車党らしい好手順だった。

 まず△5六歩と嫌みな歩を垂らし、△4五歩▲同銀△5七歩成を見せる。これを受ける▲5八金右には、一転して△3三歩。△5六歩と▲5八金右の交換が入っているため、先手は銀を渡しにくく(△5七銀の打ち込みが生じる)、左辺の駒の活用が間に合ってくるのである。

 △3三歩以下、▲同歩成△同金となれば押さえ込まれる心配はない。両者ともここで一息つき、しばらく自陣を整備する流れとなった。

■手に乗る

 再び局面が動き出したのは第4図。広瀬がピシリと突き出した▲2四歩が機敏だった。△同歩は▲2二歩、△同金も形が乱れるため指しにくい。取れない歩ほど厄介なものはない。「どうやら先手に流れが向いてきたか……」というところで伊藤は△7二銀と自陣を引き締めた。指されてみればなるほど、柳に風、風が吹くまで昼寝かなと、受け流す感覚は振り飛車らしい。最近の振り飛車は積極的に手を作りにいくが、元来はこういうふうに手に乗って指すものだった。

■振り返ってみれば

 金銀の形を乱されつつも、のらりくらりと指し回して迎えた第5図。素直に▲5五銀引としてもらえれば、△3五歩と打って勝負。銀が手に入ったら△5七銀。この打ち込みの筋があるだけで、先手は精神的に圧迫される。

 ところが広瀬は、この局面を歩1枚で解決してしまう。▲5二歩。このたたきが急所の一着となった。△同飛は▲5三歩と飛車の利きを止められ、△5一飛▲5五銀引で次の▲3五歩が残る。

 本譜の△3一飛はつらいが仕方ない。しかし続く▲5五銀引が継続手。局後に伊藤は「落ち着いて指されてまいりました」。広瀬も「銀交換をしなければ、5六の拠点も生きてこないかと」と話した。

 感想戦では▲5五銀引からの数手が熱心に調べられたが、後手が指せそうな順は出なかった。

 振り返ってみれば、第2図の▲3四歩に△4二角と引いてからは先手ペースだったようだ。伊藤も振り飛車らしい順を見せていたものの「終始、苦しい感じがしていた」という。

■なごやかな感想戦

 第6図の▲5四銀が決め手。8八の角の利きが通り、まさに「視界が開けた」。以下は△3三桂に▲4三銀不成△同銀▲2三飛成と成り込んで勝負あり。投了図は先手玉に詰みがなく、後手玉は▲7一銀からの詰めろ。受けも利かない。

 終局後、まだ熱戦を繰り広げていた木村−阿久津戦を気遣い、別室で感想戦が行われた。両者とも笑顔を見せ、なごやかな雰囲気だった。駒を片付け終わり、広瀬が「昼食をごちそうさせてください」と言うと、伊藤は「では○○○でお願いします」と高級焼き肉店の名前を出す。そして二人で笑い合う。午後も対局がある広瀬が、そんな店に行けるはずがないのだ。二人の様子を見て「なんだか仲間っぽくていいな。うらやましいな」と思った。

(後藤元気)

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